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耕作をやめゆく畑を、ワインで継ぐ ― 山形から世界へ広がる一杯

株式会社グレープリパブリックは、山形県でワイン用ぶどうの栽培から醸造・販売までを一貫して手がけるワイナリーだ。代表の平高行氏は、もとはイタリア料理の料理人。ヨーロッパでの修業と6店舗の飲食経営を経て、母の里・山形のぶどう畑を次の世代へつなぐためにワイン造りへと踏み出した。いまでは世界十数か国へ輸出するまでに育った同社の歩みと、代表が見据える持続への道のりを聞いた。

目次

料理人として歩んだ、ワインとの出会い

平氏のキャリアは調理人として始まった。18歳から6年間をヨーロッパで過ごし、帰国の1年後に独立。1店舗目となるイタリア料理店を立ち上げると、そこからイタリア料理店として6店舗を経営するまでに事業を広げていった。

料理の現場で長くワインと向き合ってきたことが、後の転機の土台となる。「いつかはワイナリーみたいなのをやりたいよね」という漠然とした思いは、飲食人としてワインに関わり続けた年月のなかで、少しずつ輪郭を帯びていった。

母の里・山形から始まった、もうひとつの挑戦

グレープリパブリックの原点には、代々ぶどう農家を営んできた母の実家がある。飲食業のかたわら、平氏は東日本大震災を機にNPO法人を立ち上げ、炊き出しを含む復興支援を続けてきた。被災地へ通う道すがら、山形に立ち寄り一泊する――そんな往復を重ねるなかで、ワイナリー構想は現実味を帯びていく。

決め手となったのは、かつて自身の店でマネージャーを務めていた人物が「ワイン造りをやりたい」と志したことだった。それを引き金に、2015年、事業は動き出す。初年度に収穫できたぶどうはごくわずか。委託醸造からのスタートだったが、翌2016年には仙台の醸造所への委託醸造で初めてのヴィンテージを世に出し、2017年には自社施設が完成。蔵開きを経て、本格的な稼働が始まった。

その根底には、子どもの頃に見た山形の原風景がある。かつては山という山がぶどうのハウスで埋め尽くされていたのに、大人になって訪れると、その多くが姿を消していた。農家の平均年齢は上がり、天候リスクや設備投資の負担を抱えながら、跡を継ぐ世代は減り続けている。「やめていく農家さんたちを、ちょっとでもなんとかできたらいい」――そんな思いが、ワイナリーという選択の背中を押した。

醸造免許という、高い壁

ワイナリーを始めるには、いくつもの許認可を越えなければならない。醸造のための免許、食品を扱う衛生上の許可、そして酒類の販売免許。それらを一式そろえて初めて事業が成り立つ。図面から設備まですべてが基準を満たさなければ登録は下りず、建物を新たに建てるところから始めた同社にとっては、相応の時間を要する道のりだった。

「ワイナリーで醸造するには、ワイナリーそのものを引き継ぐしかない」と平氏は説明する。ほかの酒類の蔵元を買い取っても管轄が異なり、そのままでは醸造できない。だからこそ、免許と土地を結びつけることの難しさは大きい。当時、山形県内のワイナリーはわずか十数軒。10年を経た今も、県内では20軒に届くかどうかだという。ぶどうの一大産地でありながら、ワインの造り手はまだ限られている。

法人卸と、世界十数か国への輸出

現在、同社の顧客はほぼ法人で、売上の7割近くを卸が占める。獲得の主軸は営業活動だ。営業スタッフが契約獲得に向けて動くほか、年間を通じて各地のイベントに出展し、商談の場を重ねていく。多品種を手がけるワイナリーだからこそ、新商品の案内を絶やさず、取引先ごとの動きに合わせて営業を続けることが、安定した供給につながっている。

販路は国内にとどまらない。同社のワインは十数か国へと輸出されている。海外展開は長らくニュージーランドの醸造家とのアドバイザリー契約を軸に進めてきたが、輸出量の確保が自社でまかなえるまでに育ったことを受け、10年目の節目でその契約を一区切りとし、自社主導へと切り替えつつある。

もっとも、輸出は「売りたい気持ち」だけでは進まない。輸送費や国ごとに異なる関税を織り込みつつ、世界で大きく差の出ない価格帯を保たなければならない。生産量は1年前から計画して決めていくため、闇雲に広げられるものでもない。「うちのワインをどれくらい理解し、どれくらいの顧客とともに成立させてくれるか」――その見極めができている国を中心に、丁寧に取引を積み重ねている。

数量と価格に、正面から向き合う

「課題は言い出したらきりがない」と平氏は率直に語る。人の補充、園地の拡大――植樹から実がなるまでには1ヘクタールあたりおよそ1億円がかかるといい、やみくもに広げればよいものではない。

とりわけ平氏がこだわるのは、原料であるぶどうの価格だ。その年の出来高で単価は上下するが、下限を割り込むような買い方は、農家を支えるという創業の理念に反する。「価格交渉は、下げればいいというものではない」。物価高のなかで国内需要が落ち込む状況も肌で感じており、値づけや原料の引き方、生産本数のあり方を、常に見直しながら経営している。

さらに、熱波をはじめとする気候の変化は、造り手の努力だけでは抗えない。海外でも名だたるワイナリーが手放しを迫られる時代にあって、「ワイナリーを持続させること自体が、年々難しくなっている」。だからこそ、1年後の売上とワインの状態を見据えて計画を立てることを、平氏はワイナリーの永続的な課題ととらえている。

3〜5年後、自園で支える10万本へ

同社が掲げる目標は、年間生産10万本。そのうち半分を自社の畑でまかなうことだ。10万本はぶどう約100トンに相当し、うち50トンを自園で担う構想である。これは立ち上げ時に描いた「10か年計画」に根ざしたものでもある。

もっとも、直近の2年間は在庫との兼ね合いから計画を軌道修正し、年間生産本数を5万本弱まで絞っている。自園の収量は着実に上がってきているが、地域の条件も含め、造りの面ではひとつの壁の手前まで来ているという実感もある。それでも平氏は、3年後、5年後にこの目標へ近づけていくことを、自社の、そして地域全体の課題として見据えている。

会社概要

  • 会社名:株式会社グレープリパブリック
  • 代表者:平 高行
  • 事業内容:ワイン用ぶどうの栽培、ワインの醸造・販売、飲食店の運営
  • 創業:2015年
  • 従業員数:11名
  • 事業の広がり:自社ワインを十数か国へ輸出

編集後記

料理人として世界と向き合い、6店舗を営むほどの手腕を持ちながら、平氏がワイン造りに込めたのは「やめていく畑を継ぐ」という静かな決意だった。数量も価格も、気候さえも思うにまかせない世界で、それでも農家への敬意を手放さず、1本ずつ丁寧に世界へ届けていく。その姿勢は、地方の一次産業が抱える難題への、ひとつの確かな答えのように映った。

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