医療、食、農業、園芸、そして環境。ふだんは別々に語られがちなこれらの分野を、一本の横串で貫こうとする経営者がいる。2025年に法人化した合同会社REBIRTH食育研究所の村井康人代表だ。1980年代の医療現場から予防医学へ、栄養学の出版から食育へ。歩みを重ねた先で、いま村井氏は無臭の有機液肥「MOO&PLANT」を軸に、土壌と食の再生に取り組んでいる。一見ばらばらに見える経歴は、実は「REBIRTH(再生)」という一つの理念で貫かれている。その半生と、次なるフェーズへの展望を聞いた。
医療の現場から、予防医学へ
村井氏のキャリアは、医療の最前線から始まった。1980年代、医療機関向けの生化学検査導入のために数多くの病院を回る日々。検査に回されてくるさまざまな患者の生の血液に直接触れるうちに、村井氏はひとつの事実に突き当たる。同じような病を抱える人には、血液にも共通した傾向が現れる。そしてそれは、日々の生活習慣、とりわけ食生活と深く結びついていた。
「病気になってからの対症療法だけでなく、そもそも病気にならない『予防』の視点が必要ではないか」。予防医学という言葉がまだ一般的でなかった時代、村井氏はその分野へ飛び込んだ。
折しも、アメリカからサプリメントの考え方が入り始めた頃。しかし基本はあくまで食事のバランスであり、サプリメントはその補助にすぎない。患者の普段の食生活を整えることで医療を支える——そうした現場での経験が、次の一歩を後押しした。
「再生」を掲げた出版社から、食育へ
2000年、村井氏は栄養学やレシピ本を企画・出版する「REBIRTH出版」を設立する。「REBIRTH」とは「再生」「復活」を意味する言葉。食事や生活習慣を通して、身体の状態をもう一度整え直す——その思想を社名に込めた。
手がけた栄養の基礎を解説する書籍は、栄養士向けの副読本としても使われた。時代はちょうど「食育」という言葉が広がり始めた頃である。「栄養や生活習慣の大切さを、子どもたちにも正しく伝えたい」。この副読本をもとに学校や自治体で講演を始めたことが、現在の研究所の出発点となった。
親族から託された、土壌再生への挑戦
転機は2009年に訪れる。酪農による環境問題の改善に取り組んでいた親族が、乳牛の糞尿を活用した液肥の開発を進めていた。その評価と研究を託されたのが、村井氏だった。
医療と食の両面から人の身体を見つめてきた村井氏には、この液肥が大きな可能性に映った。農薬や不適切な管理で疲弊した土壌を再生できれば、そこで育つ作物の栄養価や品質も高まる。医療、食事、人の身体、そして環境。それらを横串で捉え、健康をひとつながりのものとして再生していく——まさに「REBIRTH」が目指してきた世界が、そこにあった。
しかし2011年、東日本大震災が状況を一変させる。福島県にあった生産拠点が被災し、事業の継続が難しくなったことで、村井氏自身が事業を本格的に引き継ぐことになった。
「枯れないと売れない」——立ちはだかる市場の壁
事業化への道のりは、平坦ではなかった。化学肥料の成分は、厳密に調整してあり、指定された濃度や施用時期を守ることで作物を均一に育てる。一方この液肥は、土の中の微生物を活性化させ、植物が本来持つ力を引き出すもの。作物は化学肥料のように揃っては育たない。だからこそ、化学肥料が主流の慣行農業では、すぐには受け入れられなかった。「市場への出荷を前提とした作物は、均一に成長するための生育データがなければ扱えない。植物が本来の自然な姿で育つようでは、農業には使えない」と断られた。
そこで村井氏は、家庭菜園や園芸で植物本来の成長を楽しんでもらおうと、さらにじっくりと熟成・発酵させて無臭化した「MOO&PLANT」を開発する。ところが、園芸市場の反応もまた厳しかった。
「花は枯れてくれないと売れないから、いらない」。それが多くの販売店の声だった。医療や栄養学の世界から来た村井氏にとって、消費のサイクルを優先する市場のあり方は、どうにも腑に落ちないものだった。
それでも、現場の事実を一つひとつ丁寧に伝えるなかで、転機が訪れる。かつてイタリア・トリノに本店を構える国際的な食材店「EATALY(イータリー)」でも取り扱われ、ボトルデザインも一新された。さらに「大地を守る会」など、環境や食にこだわる層へと、支持は着実に広がっていった。
コロナ禍の園芸ブームも追い風となり、TODAY’S SPECIALでの取り扱いが本格化するなど販路は拡大。2025年3月、合同会社REBIRTH食育研究所として、新たな一歩を踏み出した。
二つの柱で描く、次なるフェーズの未来
村井氏が見据える未来には、二つの柱がある。
一つは「食育」の取り組みだ。健全な心身と豊かな人間性を育んでいく「食育」に加え、土に触れ、植えて育てることで命のつながりを体験する「植育」。人間の健康は、地球環境や食べ物と切り離せない。そのつながりをどう伝えていくか。これまで積み重ねてきた学校や自治体での講演を軸に、次の世代へメッセージを届けることを使命としている。
もう一つは、肥料の「地産地消」と循環の仕組みづくりだ。いま、日本の農業は、作物に欠かせない窒素・リン・カリといった肥料成分の、そのほとんどを輸入に頼っている。資材価格の高騰は農家の経営を圧迫し、離農の加速という切実な危機を生んでいる。その一方で、輸入される窒素とほぼ同量の窒素分が、国内では家畜の糞尿として日々生まれているという。ただ、肥料として使えるようにするには扱いにくく、多くが十分に活かされないまま処理されている。これを適切に処理し、国内で循環させる。そこに、村井氏は大きな可能性を見出している。
現在は、この構想に賛同し、ともに研究開発やプラント建設を進める企業との協業を模索している。
経営者へのメッセージ——横串でつながるプラットフォームを
医療、食、園芸、農業、環境。それぞれの分野に深い知見を持つ専門家はいても、互いに横断して語り合う場は、まだ多くない。
「私たちの身体も食べ物も、そのほとんどは土から採れるものでできています。土を守ることは、私たち自身の——そして子どもたちの未来を守ることにつながるのです」
未来の食卓と環境を支えるために、私たちに何ができるのか。分野の垣根を越え、知恵を出し合いながら共に歩むネットワークが、いま求められている。
*出典:農林水産省 生産局 畜産部 畜産振興課「畜産環境をめぐる情勢」
会社概要
- 会社名:合同会社REBIRTH食育研究所
- 代表者:村井康人
- 所在地:新潟県
- 事業内容:オーガニックの液肥「MOO&PLANT」の開発・販売、食育に関する講演・出版
- 創業:2000年(出版社「REBIRTH」として)/2025年3月 合同会社化
- 販売実績:オイシックス株式会社、TODAY’S SPECIAL、楽天、Amazon ほか

編集後記
血液検査の支援から予防医学、栄養学の出版、そして土壌再生の液肥へ。村井氏の歩みは一見あちこちに飛んでいるようで、「再生(リバース)」という一語で貫かれていた。花屋に「枯れないと売れない」と断られた話には市場の歪みがにじむが、それでも諦めず本物を届け続けてきた粘り強さが、いまの広がりを生んでいる。土・食・医療・環境を横串でつなぐという発想は、分断の進む時代にこそ必要な視点だろう。ひとりの経営者の執念が、食と農の未来をどう変えていくのか。その続きを見届けたい。
