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職人の誇りに惹かれた三代目——「一気通貫」の熱処理で、社員が誇りを感じる会社をつくる

株式会社足立熱処理研究所は、真空熱処理・表面処理・高機能塗装を一社で手がける熱処理のスペシャリスト集団だ。三代目としてこの技術の世界に飛び込んだ代表取締役・足立雅樹氏は、もともと音楽の道を歩んでいた異色の経歴を持つ。現場で黙々と難しい仕事に向き合う職人たちに惚れ込んだ足立氏が、守るべきものと変えるべきものをどう見極め、社員と稼ぐ力を分かち合う会社づくりに挑んでいるのか。その哲学と現在地に迫る。

目次

音楽の道から家業へ——三代目が歩んだ回り道

足立氏のキャリアは、熱処理とはまったく異なる場所から始まっている。高校卒業後すぐに音楽の道へ進み、ブラックミュージックの世界でおよそ10年を過ごした。

家業に戻るきっかけは、創業者である祖父の病だった。高校を出てからほとんど両親と顔を合わせていなかったという足立氏は、久しぶりに実家と再会する。折しも自身の仕事も不安定な時期で、「一緒に働かせてもらえないか」と頭を下げた。

こうして現場営業からスタートし、祖父が興した会社を父が継ぎ、足立氏が三代目として引き継ぐことになる。畑違いの世界から飛び込んだからこそ見えたものが、その後の経営の軸になっていく。

「かっこいい」を守り、変えるべきを変える

入社当時、熱処理や表面処理という仕事は「一般には知られていないニッチな世界」で、足立氏は不安を抱えていたという。しかし現場で働く人たちの姿が、その印象を一変させた。

「難しいことを一生懸命やられていて、とにかくかっこいいなと思っていました」。この感覚は10年経っても変わらず、経営者となった今、社員を見てあらためて同じことを感じるという。足立氏はこれを「変えたくない部分」と語る。職人へのリスペクトが、会社の文化の根にある。

一方で、明確に変えた部分もある。かつてゼロだった女性の現場作業員を、この3〜4年で複数名まで増やした。全員が未経験からのスタートながら、すでに貴重な戦力として日々活躍している。特殊な技術ゆえに一人前になるまでには長い時間がかかり、職人気質の現場で「教え方」をどう確立するかは今も課題だと、足立氏は率直に認める。

熱処理・表面処理を一気通貫で——三本柱の強み

同社の事業は三本柱で構成されている。一つ目は歪み精度に優れた真空熱処理。二つ目は自社で表面に膜を形成する表面処理。そして三つ目が、近年力を入れる高機能塗装だ。

塗装といっても単に色をつけるものではない。油が使えない食品・半導体・航空関連の環境で摺動性を高めたり、絶縁性や低反射の黒といった機能を付与したりする。テフロンやフッ素の付与、さらにフッ素フリーの代替処理まで、自社で対応できるようになった。

同社最大の強みは、これらを別々ではなく一気通貫で手がけられる点にある。「熱処理も表面処理も、そして特殊な表面処理も、ワンストップでできる」。個々の工程には競合が存在しても、すべてを自社で完結できることが差別化の核となっている。新規の顧客は主に既存客からの紹介とホームページからの流入で獲得しており、広告に頼らずとも受注につなげている。

就任3年目の試練——人の離れと向き合う

代表就任にあたっては、大きなプレッシャーがあった。「本当に自分に務まるのか、みんながついてきてくれるのか」という不安は、とてつもなかったと振り返る。

もう一つの試練は、ごく最近訪れた。代替わりで人が一気に辞める、という話を多くの経営者から聞いてきた足立氏だったが、就任後2年間は退職者が出ず、それが自信にもなっていた。ところが3年目に入り、現場や経理などで複数名が会社を去った。

とりわけ、長年会社を支えてきた現場のエースの退職はこたえたという。「これはちょっと、まだへこんでいます」。人の出入りは企業の宿命だと周囲は言うが、その痛みは小さくない。それでも足立氏は、社員一人ひとりと向き合いながら前を向こうとしている。

採用と業種転換という課題

足立氏が挙げる経営課題は、大きく三つ。教育、採用、そして事業構造の転換だ。

採用面では、未経験者であれば募集した人数をほぼ確実に採用できるまでになった。3年前は「1ポジションに5人来ればすごい」という状況だったが、今では10人を超える応募が集まる。今年も経理と現場で複数名の採用が決まっている。ただし、立ち上がりに時間のかかる未経験者と違い、即戦力となる熱処理経験者の採用は極めて難しく、ここが最大の悩みどころだという。

もう一つの大きな課題が、顧客構成の転換だ。同社は自動車業界向けの金型熱処理が多くを占めるが、価格転嫁が難しく工数もかさむため、受注が増えるほど従業員が疲弊しかねない構造がある。足立氏は、製品系の真空熱処理やセラミック系の焼結熱処理のように、工数が少なく専門性が高く、将来にわたって価格転嫁が見込める分野へ軸足を移そうとしている。

社員の年収を100万円上げる——V字回復の先へ

足立氏が代表に就任した当時、会社は赤字だった。そこからこの2年でV字回復を果たし、今期は過去最高の売上が見込めるところまで来ている。

描く未来は明快だ。今後3〜4年で売上を大きく伸ばしつつ、売上だけでなく営業利益、すなわち「みんなで稼ぐ力」をつけていく。その成果を決算賞与という形で分配し、社員の年収を今よりおよそ100万円引き上げたい——それが足立氏の掲げる目標だ。

「そこを目指して頑張りましょう、という話を今しています」。目標達成の鍵を握るのが、前述の業種と熱処理の中身の転換である。職人たちへの敬意を守りながら、その働きにしっかり報いる会社へ。三代目の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

会社概要

  • 会社名:株式会社 足立熱処理研究所
  • 代表者:代表取締役 足立 雅樹
  • 事業内容:真空熱処理、表面処理、機能塗装(熱処理・表面処理の一気通貫対応)
  • 従業員数:38名(パート社員含む)
株式会社 足立熱処理研究所 代表取締役 足立 雅樹

編集後記

音楽の世界から家業に飛び込み、職人たちの「かっこよさ」に惚れ込んだと語る足立氏。その眼差しは、技術そのものだけでなく、それを支える人へと向いている。人が去る痛みを正直に吐露しながらも、稼いだ利益を社員と分かち合おうとする姿勢には、三代目としての覚悟がにじむ。守るべき文化と、変えるべき構造。その両輪を見据える経営者の誠実さが、静かに印象に残る取材だった。

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