「家族の幸せをつくる」を掲げ、なでると鳴くコミュニケーションロボットで高齢者の心を支えるメーカーがある。トレンドマスター株式会社。代表取締役の中田敦氏は、玩具業界の最前線でヒット商品を生み出し続けた後、51歳で独立の道を選んだ。派手な成長よりも、確かな価値を届け続けることを選んだ経営者の哲学に迫る。
クリエイティブと体育会、二足のわらじで培ったもの
中田氏は神奈川県川崎市の生まれ。父は市内の小学校で教鞭を執り校長を務めた人物、母も市の小学校職員という家庭に育った。
学生時代から、氏の歩みには一貫した特徴があった。高校では剣道に打ち込みながらアニメーション同好会を立ち上げ、大学では油絵を専攻する一方で体育会スキー部の競技スキーに励む。クリエイティブ系と体育会系という、一見相容れない二つの世界に常に片足ずつを置いていた。
「両極端を同時にやっていた」というこの経験が、後のキャリアで思わぬ形で生きてくる。玩具メーカーに入社した氏は、感性を重んじる事業部門と、数字と現場を動かす営業・生産部門、その両方の言葉を理解できる稀有な存在として重宝されることになる。
「縦の完結」を体に叩き込んだMD時代
入社後、営業を経て本社のマーチャンダイジング(MD)部門へ。何をいくつ作り、いくつ売るかという計画を描き、そこから会社全体が動き出す——売上と利益に責任を持つ、経営の中枢に近い部門だった。
28歳の頃から売れ筋づくりに携わり、数々のヒット商品を手がけた。着せ替え人形、変身アイテム、撫でると反応する猫型ロボット、音センサーで動く花のおもちゃ。「営業は『こんなの売れるわけがない』と言い、事業部は『これは絶対にヒットする』と言う。その間を調整し、推進するのが役割でした」。
この頃に氏が意識したのが「縦の完結」という考え方だ。部品を組み立て、売り、消費者に届け、その反応を次の企画へ生かす。開発から消費者の手元までを一つのサイクルとして回しきる。この姿勢は、自ら製品を企画し届ける現在の経営にそのまま受け継がれている。
その後もガールズキャラクター・ゲーム部門でチームを率い、テレビアニメの制作委員会に出資して自社商品を番組に登場させるなど、コンテンツとものづくりを結びつける仕事に取り組んだ。
二つの会社で見た、対照的な経営の姿
40代に入ると、子会社の取締役としてホームセンター向け商材の開発を担うなど、多角化する事業の最前線に立ち続けた。動画配信サービスの立ち上げにも関わったが、後発のグローバルサービスに押され撤退を経験している。
転職先では開発部長・マーケティング部長として、人気キャラクター玩具の分野で大きなシェアを支えた。だがそこで目にしたのは、外部の人間同士が実力を競い合う開かれた組織とは対照的な、閉じた同族経営の姿でもあった。
「他人同士がしのぎを削る世界と、そうではない世界。両方を体験できて、面白い人生だと思いました」。しかし同時に、氏の中では「いつか自分でやる」という思いが強まっていく。自分が好きで、世の中の役に立ち、暮らせるだけの収益が上がる仕事を、自分自身の手でつくり出したい——。
51歳のライフシフト、そして猫ちゃんが生まれた
「私とは何なのか、何ができるのか、何を目指すのか」。自らに問い、51歳で会社を辞め、メーカーとして独立した。生み出したのが、コミュニケーションロボット「なでなで猫ちゃん」である。
日本でよく飼われる猫をモデルにしたぬいぐるみは、撫でると「にゃん」と鳴き、頭を撫でても反応し、しっぽを触ると嫌がる。柄はエアブラシによる手塗りで、その仕上がりには強いこだわりがある。秋田犬をモチーフにした商品や子猫シリーズもあり、現在は鳥(インコ)の開発も進める。
コロナ禍では一時、厳しい状況に追い込まれ、5人いたスタッフのうち3人に辞めてもらう決断をした。「働きに来てくれている人に『来月から来ないで』と言うのは辛かった」。それでも新デザインの投入で商品は一気に回復し、現在は年商7000万円ほど。無理をせず、着実に事業を続けている。
「癒し」を証明する——エビデンスという強み
なでなで猫ちゃんが目指すのは、高齢者の心理面のケアだ。プレゼントされた猫を「かわいいわね」と可愛がる本人の癒し、それを介して生まれる家族との会話、さらには施設職員とのやりとりの円滑化。「職員が撫でて『お腹が空いたって言ってますよ』と言えば、おばあちゃんも一緒に食堂へ行く。そんなコミュニケーションのきっかけになる」。
他社の玩具との決定的な違いは、その効果を裏付けるエビデンスを持っていることだ。介護分野の公的機関との連携のもと、心理面の改善効果を検証する実証実験に参加。国が主導した高齢者向け介護ロボットの大規模な比較調査では、世界的に知られる高額な癒し系ロボットと並んで評価され、数倍の心理的改善効果が得られたという結果を得た。しかも価格は桁違いに手頃だ。
「『癒される』は個人の主観で、多くのメーカーは証明できない。でも、うちは証明できるんです」。この客観的な裏付けが、福祉用具ルートや通販での強力な説得材料となっている。
販路は、シニア向けのカタログ通販やテレビ通販、そして全国の福祉施設に配布されるカタログを通じた福祉用具ルート。「アクティブなシニアにも、そうではない方にも、必要な人へ情報を届けることが大事」と語る。
軸はぶらさず、変化に対応し続ける
組織づくりについて、中田氏は気負わない。現在は本人のほか、業務を任せられるパートスタッフ一人と、動画制作などを担うアルバイトという少人数体制。旅先からでも連絡を取り合い、多くを信頼して任せている。「彼女がいないと回らない。そういう関係です」。
直近では、YouTubeチャンネルでの情報発信と自社ウェブ通販の強化に力を入れる。動画制作は、大手電機メーカー出身で映像を趣味とするスタッフが担当。売上に応じたレベニューシェアという形で協働している。さらに、猫の鳴き声は世界共通という発想から、地元・川崎市の支援機関と連携し、高齢化が進む欧米への海外展開も見据える。
今後については「無理に大きくしなくてもいい」と言い切る。目指すのは、社会の役に立つペット型ロボットのメーカーとしてのナンバーワン。「軸はぶらさない。家族の幸せをつくるという core は変えず、刻々と変わる世の中の情勢に常にフィットさせていく」。年次の計画に落とし込み、実行し、繰り返す。そして15年単位の長期で世界が大きく変わるときは、それを受け入れて対応する。
「環境が激変するのは当たり前。それに合わせて、裸でも生きる」。技術も社会も想像を超えて変化する未来を見据えながら、氏の言葉には静かな覚悟がにじむ。
会社概要
- 会社名:トレンドマスター株式会社
- 代表者:中田 敦(代表取締役)
- 所在地:神奈川県川崎市中原区中丸子327
- 事業内容:高齢者の心理面のケアに特化したコミュニケーションロボット(メカ入りぬいぐるみ)の企画・製造・販売。主力商品「なでなで猫ちゃん」シリーズほか
- ミッション:We Create Family Happiness(家族の幸せをつくる)
編集後記
玩具業界の最前線でヒットを生み続けた人が、51歳で選んだのは「拡大」ではなく「納得できるものを、必要な人に届け続ける」道だった。撫でると鳴くだけの猫が、一人暮らしの高齢者の心の張りになる——その手応えを、主観ではなくデータで語れることに、中田氏の凄みがある。趣味の延長のように軽やかに、しかし軸は決してぶらさない。その姿勢は、規模を追う経営とは別の豊かさがあることを静かに教えてくれる。
