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「技術は負けても、思いやりは負けない」——左官一筋、地域の未来を見据える竹花工業

竹花工業株式会社は、代表の松尾信さんが2023年に設立した左官工事の会社だ。20歳で上京し、さまざまな現場で経験を積んだのち、30代で地元に戻って独立。社員1名という小さな体制ながら、紹介を軸に着実に現場をこなしている。「技術は負けるかもしれないが、思いやりは負けない」と語る松尾さんの仕事観と、左官の枠にとどまらない今後の構想、そして次の世代へ向けた思いを聞いた。

目次

ぷらぷらしていた青年が、左官の道へ

松尾さんの歩みは、まっすぐな一本道ではなかった。「20歳ぐらいまではぷらぷらしていました」と、飾らない言葉で振り返る。

転機は上京だった。20歳で東京に出てからは、10年あまりを過ごす。日野自動車の工場に勤めるなど、いくつかの仕事を経験しながら都会での日々を送った。

そして32歳ごろ、地元に戻る。ここで左官業の道に本格的に足を踏み入れ、2023年に竹花工業株式会社として法人化した。遠回りに見える経歴も、いまの仕事に向き合う姿勢の土台になっている。

「思いやりは負けない」——仕事の流儀

同業者が数多くいる左官の世界で、自社の強みをどう捉えているか。その問いに、松尾さんはしばらく考えてからこう答えた。

「技術は負けるかもしれません。でも、思いやりは負けません」

思いやりとは何か。松尾さんの答えはシンプルだ。「お客さんのことを考えて、ということですね」。技術の巧拙以上に、依頼主の立場に立って考えること——その姿勢を何より大切にしている。派手な言葉ではないが、小さな体制で紹介を軸に仕事が続いている背景には、この一貫した構えがある。

キャッシュフローという、経営の重み

会社を立ち上げてから、大変だったことは何か。松尾さんが真っ先に挙げたのは、お金のことだった。

「大変なのは、お金がきつい時ですね。お金が回らなくなると、もう何も考えられなくなる」

体力的なきつさは「どうにでもなる」と言い切る一方で、資金繰りの厳しさばかりは別だと語る。経営者であれば誰もが直面する現実を、率直に言葉にする。

現場そのものにも波がある。今年は年度の変わり目にあたる時期に受注が落ち込み、しばらく静かな期間が続いた。それでも直近になって仕事は徐々に戻ってきているという。営業は特別な手法に頼らず、紹介が中心だ。一度仕事をした業者から、また次の現場を任される——その積み重ねで歩んできた。

左官の枠を越えて——次の展開へ

今後3〜5年をどう見据えているか。松尾さんの構想は、左官業の枠にとどまらない。

「建築関係の仕事だけにこだわらず、他のこともやっていこうと計画しています」

具体的には、飲食やアパレルといった分野にも少しずつ足を踏み入れ始めているという。一つの業種に軸足を置きながらも、可能性を狭めずに広げていく。小さな会社だからこそ、身軽に新しい領域へ踏み出せるという発想がそこにはある。

組織としては、当面は現在の体制を維持する考えだ。社員1名に加え、毎日現場に入ってくれる協力者を含めた3人で、一つひとつの現場に向き合っている。

子どもたちへ、伝えていきたいこと

さまざまな業界へと広がっていくなかで、どんな存在でありたいのか。松尾さんが口にしたのは、意外にも次の世代のことだった。

「いろんな人に伝えていきたい。小学生の子どもたちにも、いろいろ教えていければと思っています」

自分が積み重ねてきた経験や仕事の面白さを、地域の子どもたちへ届けていきたい——。左官という手仕事の世界で歩んできた松尾さんの視線は、目の前の現場だけでなく、その先の未来にも向けられている。

会社概要

  • 会社名:竹花工業株式会社
  • 代表者:松尾 信
  • 事業内容:左官工事
  • 設立:2023年3月
  • 従業員数:1名

編集後記

飾らない言葉の一つひとつに、松尾さんの実直な人柄がにじんでいた。「技術は負けても、思いやりは負けない」という言葉は、小さな会社が信頼を積み重ねていくうえでの芯そのものだろう。左官という伝統的な手仕事から新たな分野へと広げながら、次世代へ何かを伝えたいと語る姿には、地域に根を張って生きる経営者の静かな覚悟が感じられた。

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