北海道でクリーニング業を営む有限会社藤野マルミクリーニング店。二代目として家業を継いだ代表取締役・宮澤充氏は、十代からこの道に入り、およそ四十年をクリーニング師として歩んできた。個人向けから法人向けへと需要が移りゆくなかで、着物・スキーウェア・宅配・作業服という専門領域に活路を見いだしてきた同社。派手な拡大ではなく「無理をせず、うちにしかできない仕事を磨く」ことにこだわる、その静かな経営哲学に迫る。
着物から始まった、職人の原点
宮澤氏がクリーニングというものに初めて触れたのは、幼い頃、父の仕事を手伝ったときだった。職人上がりの父は着物のクリーニングを得意とし、日曜の朝ともなれば息子を叩き起こして作業を手伝わせた。
「洗いや仕上げは任せてもらえませんでしたが、『ここを持って引っ張れ』と。クリーニングって何かを初めて見て触ったのは、着物だったんです」
父は口癖のように、家業を継ぐことを念頭に置いた言葉を息子に投げかけていたという。宮澤氏自身は「やるものだという認識半分、他のことをやりたい認識半分」だったと率直に振り返る。それでも十八歳頃からクリーニング師としての道に入り、気づけば四十年近い年月が経っていた。
個人から法人へ、専門性で活路を開く
かつては個人客が七、八割を占めていた同社の仕事も、いまでは法人向けがおよそ7割を占めるまでになった。時代の流れとともに、家庭向けの需要は減り、業者向けの仕事へと重心が移っている。
そのなかで宮澤氏が掲げるのが、着物、スキーウェア、宅配クリーニング、そして作業服という四つの柱だ。とりわけ作業服には、大手にはできない独自の洗いの手法があると語る。
「同じ機械がなければこの洗い方はできない。だからクリーニング屋さん同士でも、下洗いを業務提携で引き受けることがあるんです」
スキーウェアは、地元・北海道に押し寄せるインバウンド需要を背景に、いまや右肩上がり。着物もまた、一軒の店で染み抜きから仕上げまで手がけられるところは多くない。宮澤氏は自社が持つ設備と技術を「持っているもの勝ち」と表現し、専門性そのものを強みとしている。
法人の取引先は、タイヤ販売店や自動車ディーラー、整備工場など。車両(原動機)に関わる現場では、油汚れの作業服が必ず出る。トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、ダイハツ、スズキ――更にはバイク、重機、トラック、バス、船舶、航空機、特殊車両などなど。 そうした業界へ、全国規模で販路を広げていくことを見据えている。
継承から始まった「社長業」
宮澤氏にとって最も大きな転機は、父の死とともに訪れた。会社を継いだそのとき、決算書と向き合う「社長業」が始まった。
「それまで決算書なんて眺めることもなかった。いまは自分でパソコンに打ち込んで、税務署にも出せるようになりましたが、覚えなきゃならないことばかりでした」
継承したのは、右肩上がりの事業ではなかった。バブル前後を境に地域経済は冷え込み、売上は最盛期の十分の一ほどにまで落ち込んでいた。宮澤氏は数字を追いながら、時代そのものの変化を痛感したという。
「昔は朝から晩まで馬車馬のように働けば商売になった。でも、いまは違う。ただやっているだけでは、なかなかいかないんです」
それでも借金を返し、会社を存続させてきた。「仕事があったから払えた。だからいまこうしてお話しできている」――その言葉には、続けることの重みが滲む。
無理をしない、という経営哲学
宮澤氏が繰り返し口にするのは「無理をしない」という信条だ。景気の良い時代のように、先行きの見えないまま設備投資に踏み切ることはしない。
「会社って、お金という餌を食べる生き物なんです。それをどう食わせていくか。原油が高騰して、灯油が入ってこなくなればうちは仕事ができない。だから『いつまでも大丈夫』とは言えないんです」
無理な拡大を追わず、身の丈で長く続ける。それを「無駄に長生きしている」と自嘲まじりに語りながらも、その姿勢こそが同社を存続させてきた芯である。
目指すのは、専門性を武器に「うちにしかできない」と言い切れる仕事だ。
「コスパも良い、汚れ落ちも良い。そうなれば、お客さんはどこかに浮気しようとは思わない。うちのやることは絶対です、と言えるようになりたい。そのために日々頑張っています」
求める人、そして次の世代へ
五十七歳になった宮澤氏が思い描くのは、「自分のコピーを作りたい」という願いだ。
一緒に働く人については、性別も年齢も問わないという。重いものは力のある者が担えばいい。求めるのは、仕事に興味を持ち、前を向いて取り組める人だ。
「若い方でも、年配の方でもいい。やる気のある人であれば」
差別化を意識し、少しでも前へ進もうとするか否か。その積み重ねが、いずれ大きな差になると宮澤氏は信じている。
経営者の皆さまへ
最後に、同じく事業を営む経営者へのメッセージを求めると、宮澤氏はこう語った。
「この大変な時代、頑張って生き抜きましょう。そして、お困り事があればご連絡ください」
自らの手で品物と向き合い続けてきた職人だからこそ言える言葉がある。「あなたにお願いしたい」と惚れ込んでもらえる立ち位置を目指し、「任せてくれれば絶対です」と言えるように――その実直な姿勢が、同社の信頼を支えている。
会社概要
- 会社名:有限会社藤野マルミクリーニング店
- 代表者:代表取締役 宮澤 充
- 事業内容:クリーニング業(個人向け・法人向け)。着物、スキーウェア、宅配クリーニング、作業服などの専門クリーニングを手がける
- 沿革:先代(宮澤氏の父)が創業。宮澤充氏は二代目
編集後記
四十年近くクリーニングと向き合ってきた宮澤氏の言葉には、飾りがない。「無理をしない」「うちにしかできない」――その一つひとつが、派手さよりも継続を選んできた職人の実感から発せられている。市場が縮小するなかでも、専門性という一点で確かな居場所を築く姿は、規模の大小を問わず、事業を続けることの本質を静かに照らしている。地域に根ざしながら全国へと目を向ける同社の歩みに、これからも注目したい。
