「人を変えることは100%できない。いつも変わるのは自分から。だからこそ、そのきっかけを提供できる存在であり続けたい」。株式会社スリーシアーズ代表・大久保良太氏が手がけるのは、自己理解を通じて一人ひとりの原点を呼び覚ます体験型プログラムだ。サッカー選手を志し、学校の先生を目指し、日本一と言われた環境で営業を磨いた末にたどり着いた「主人公体験」。数字ではなく“思い”を先行させる経営者の哲学に迫る。
サッカー選手、学校の先生——「生き抜く力」を伝えたいという原点
大久保氏のキャリアの根には、一貫した問題意識がある。もともとサッカー選手を夢見ていたが高校時代に断念し、次に抱いたのが「学校の先生になりたい」という思いだった。
その背景にあったのは、既存の評価軸への違和感だ。テストの点数がいい子、先生の言うことを聞く子、毎日きちんと登校する子が「優秀」とされる——そうした見られ方に納得がいかなかったという。「学校に来ない子や、テストが得意でない子とも平等に向き合いたい。社会で生き抜く力を教えられる先生になりたかった」。
この原点が、その後の職業選択のすべてを貫いていく。人を型にはめるのではなく、その人自身が持つ力に光を当てる。今の事業に至るまで、大久保氏の視線はずっと同じ方向を向いている。
営業の最前線、そして人材業界へ——独立までに得た「民間からできること」
新卒で入社したのは、あえて厳しい環境として知られる光通信。ここで2年間、法人向けの営業に携わった。「一番タフな環境を経験したい」という自らの志望動機があった。
その後は人材業界へ転職し、約11年間を過ごす。人材派遣・人材紹介・教育研修・セールスプロモーションを手がける組織で、最終的には営業本部長(ナンバー2)として全国規模の事業を率いた。学生時代からの「教育」への思いを胸に飛び込んだこの経験の中で、大久保氏は一つの気づきを得る。「学校の先生という形でなくても、民間からできることがある」。
自分自身で思いを伝えられる“箱”を持ちたい——そうして2022年、独立に踏み切った。当初は子ども・教育をテーマに据えていたが、やがて「この一度きりの人生を、働く人も子どもも、もっとワクワクしながら全力で楽しんでほしい」という、より大きなテーマへと事業の軸をシフトさせていった。
「主人公体験型プログラム」——学ぶのではなく、思い出す
スリーシアーズが提供する中核が、主人公体験型プログラム「ヒーローズジャーニー(Heroes Journey)」だ。自己理解ワークをワンデイで行うこのプログラムを、大久保氏は「研修というよりコーチングに近い」と表現する。
診断ツールで自分のタイプを知ることは、あくまで入り口に過ぎないと大久保氏は言う。「なぜ人から感謝されると嬉しいのか。なぜ“自由”という言葉が好きなのか。その“なぜ”を掘り下げていくのが自己理解です」。昔憧れたヒーローを思い出しながら、自分の在り方を再定義し、明日からの行動を宣言していく——そんなカリキュラムだ。
他社の自己啓発サービスとの違いも、この設計思想にある。「何かを蓄積して身につけるのではなく、眠っていた感情や潜在能力を思い出し、引き出す。人から学んだものは薄れやすいけれど、自分の内側から出てきた感覚は持続しやすい」。答えを教わるのではなく、自分で見つけ出す。だからこそ続くのだ、というのが大久保氏の確信である。要望に応じて、入社3年目の社員などを対象に月1回訪問する伴走型のプログラムも提供している。
事業は一人で作り上げたものではない。「アイデアは出せても、言語化がとても苦手だった」と振り返る大久保氏を支えたのは、脳の専門を担う仲間と、研修のファシリテーション経験を持つ仲間。この3人でプログラムを形にした。現在は絵本の制作、新卒採用イベントの企画、謎解きとのコラボ、AIを活用したボードゲーム版の自己理解ワークなど、“主人公体験”を広げる取り組みが次々と生まれている。スリーシアーズでは、採用支援から人材育成、自己理解プログラムまで『人が動き出すきっかけを創る』という一つの思想で事業を展開している。
楽しいと思う方へ——経営の判断軸と、これからの仲間
日々の選択で大久保氏が絶対に譲らない判断軸は、明快だ。「誰に何を言われても、自分が楽しいと思う方に進むと決めています」。たとえ苦しい状況でも、それを楽しめる状態を自らつくり出す。「ワクワクできる未来につながる方を選ぶ」というセルフマネジメントが、経営の羅針盤になっている。
現在の組織課題は、リード獲得と採用だ。顧客との接点は交流会やコミュニティでのリファラルが中心で、SNS発信も両輪で強化している。一方で採用については、あえて急がない。「最初の仲間になる一人だからこそ、媒体で探すのではなく、一緒に働きたいと心から思える人と縁で出会いたい」。思いに共感してくれる人こそが、いずれ右腕になり得る——だからこそタイミングを大切にしている。
苦労がなかったわけではない。教育研修・自己啓発の分野には知識も経験もなく、理想は描けても言語化できない。新事業に挑むための資金繰りにも苦しみ、自己投資を重ねてきた。それでも歩みを止めなかったのは、伝えたい世界がはっきりと見えていたからだ。
数字だけでは描かない『思いのロードマップ』——学校教育への挑戦
今後の展望を、大久保氏は数字ではなく“思い”で描く。「AIが発達し続ける限り、IQに対してEQは絶対に必要とされる。私たちが手がけているのは、その領域です」。
掲げる目標は、5年以内にヒーローズジャーニーを学校教育の一環として導入すること。「あなたの人生はあなたが主人公だ、というプログラムを、子どもたちが学ぶ機会にしたい」。売上や事業規模ではなく、これが自らの使命だと言い切る。数字の重要性は十分に理解している。そのうえで、数字だけを目的にすると本来の信念からずれてしまう。だからまず『何を実現したいのか』という思いを置き、その実現のために数字を追う。「稼ぐことは好きだし、それが誰かのためになるのはもっと好き。でも数字が先に立つと、信念からずれてしまう気がするんです」。
業界の中でどうありたいか、という問いに、大久保氏はこう答えた。「私は日本人であると同時に地球人だと思っている。一度きりの人生に対して、きっかけを与える存在であり続けたい」。人を変えることはできない。変わるのは、いつも自分から。そのスイッチを、そっと差し出す存在でありたいと語る。
会社概要
- 会社名:株式会社スリーシアーズ
- 代表者:大久保良太
- 事業内容:採用支援・教育研修(自己理解プログラム「ヒーローズジャーニー」の提供、絵本・イベント等の企画開発)
- 設立:2022年
編集後記
サッカー選手、学校の先生、そして営業の最前線。一見バラバラに見える大久保氏の歩みは、「一人ひとりの生き抜く力に火をつけたい」という一本の線で貫かれていた。人を変えるのではなく、本人が自ら思い出す——その静かな確信は、数字を追ってきた経営者だからこそ持ち得る説得力を帯びている。「思いのロードマップ」を先に描くという選択が、これからどんな景色を生むのか。子どもたちが自分を主人公として生きる社会への挑戦を、応援したくなる取材だった。
