アパレル業界から不動産の世界へ——異業種を渡り歩いた経験を武器に、村上貴昭氏は株式会社神武堂を立ち上げた。経営の知識もないまま「ノリと勢い」で独立したという村上氏だが、その視線は自社の売上だけにとどまらない。事業を通じて社会に還元し、「より良い日本」を築いていく。一人の経営者が描く、不動産業の新しいかたちに迫る。
アパレルから不動産へ、異業種を渡り歩いた原点
村上氏のキャリアは、不動産とはまったく異なる場所から始まった。20代の頃から約7年間、アパレル業界に身を置き、東京でVMD(ヴィジュアルマーチャンダイザー)として店舗の売り場づくりに携わってきた。ブランドの世界観を空間で表現する仕事に打ち込む日々だったという。
転機となったのは、親しくしていた顧客からの紹介だった。2015年、村上氏は不動産業界へと足を踏み入れる。以来、仲介会社で約8年にわたり経験を積み重ねた。畑違いの世界から飛び込んだからこそ見えるものもあったのだろう。この期間が、後の独立を支える土台となっていった。
「ノリと勢い」で踏み出した独立
「もともと会社を経営したいとか、独立したいという願望は、不動産を始めた頃には全くなかった」と村上氏は率直に振り返る。長く勤めた仲介会社を2023年10月に退職し、独立へと踏み切った。しかし、その決断は綿密な計画に基づくものではなかった。
「正直、経営とか財務的なことは右も左もほぼ分かっていない状態。ノリと勢いだけでやった結果、もっとちゃんと勉強しておけばよかった」。とりわけキャッシュフローをはじめとするお金の管理については、どんぶり勘定になっていた部分が多かったと語る。今、村上氏はようやく財務面の強化に本腰を入れ始めたところだ。手探りで会社を動かしながら、経営者としての足場を一歩ずつ固めている。
事業の柱は不動産仲介業だが、それだけではない。業者向けにアロマオイルディフューザーを提供・販売する事業も手がけている。不動産仲介では、大手法人の社宅契約——東京から大阪へ異動する人の物件契約などが、人の動く時期には多く舞い込むという。顧客の割合はおよそ個人6、法人4。今後は「空き家の管理」にも力を入れたい考えだ。遠方に住み、なかなか現地に来られないオーナーに代わって物件をチェックし、ゆくゆくは売却へとつなげていく構想を描く。
「より良い日本を」——売上の先にある使命
村上氏が経営で掲げるミッションは、他の不動産会社とは一線を画す。「この不動産事業を通して、より良い日本を作っていく」。売上を立てて終わりではなく、その収益の一部を子供の支援活動やボランティアへと還元する仕組みを据えているのだ。
この想いの源には、自身が親になった経験がある。「子供ができたのが一番でっかかった」と村上氏は言う。これまで先輩や親から多くのものを与えてもらってきた。その恩を、返すのではなく次へと送っていく——「恩返しではなく、恩送りのイメージ」。個人の利益だけでなく社会への還元を見据えるその姿勢は、業界の中でも際立っている。
求める人物像と、模索が続く組織づくり
会社の従業員は現在1名。当初は2名体制だったが、初めて採用した社員が先月退職したばかりだ。優秀な営業人材の増強は、村上氏が常に考えているテーマである。
では、どんな人と働きたいのか。村上氏が挙げる素養はただ一つ、「自責にできるかどうか」だ。「別に、正直、実績はなくてもいい」。物事を自分ごととして捉えられるか——その一点を、他のあらゆる能力に勝る資質として重んじている。一方で組織づくりについては、「僕自身も”えいやー”でやってきたところがあって、まだ色々試行錯誤しながら」と語る。現場に立ち続けてきた村上氏だからこそ感じる、体制づくりの難しさと向き合う日々が続いている。
会社全体の課題として、村上氏が真っ先に挙げるのは「集客力」だ。営業代行やウェブ送客には頼らず、現状はほぼ自身のマンパワーで顧客を開拓している。この属人的な状態をいかに組織の力へと変えていくかが、次の成長を左右する鍵となる。
3年で5億、5年で10億という道標
村上氏が見据える中期のビジョンは明快だ。「3年で5億、5年で10億」。不動産事業を主軸に据えたまま、この数字を実現していく。年商5,000万円規模から始まったこの挑戦を、村上氏は着実に押し上げていこうとしている。
「いい日本を作りましょう」。経営者にも求職者にも、村上氏はそう呼びかける。自社の成長と社会への還元を両立させながら、村上氏の描く道のりはこれからが本番だ。
会社概要
- 会社名:株式会社神武堂
- 代表者:村上貴昭
- 事業内容:不動産仲介業、アロマオイルディフューザーの業者向け提供・販売
編集後記
「ノリと勢いで独立した」と笑いながらも、村上氏の言葉の端々には、事業を社会へとつなげようとする確かな覚悟がにじんでいた。子供の誕生をきっかけに芽生えた「恩送り」の想い。それを不動産という日常に根ざした事業に落とし込もうとする姿勢は、数字の追求だけでは語れない経営者の顔を映し出していた。試行錯誤の只中にいるからこそ、その挑戦の行方から目が離せない。
