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横のつながりで現場に信頼を。家族のような鳶集団を率いて

神奈川県大和市を拠点に、足場や鉄骨工事を手がける株式会社SIDE ROPE。代表の栗林毅典氏は16歳でこの世界に入り、若くして独立を果たした。ゼネコンを相手とした仕事を担うベテラン集団を「家族」と呼び、横のつながりを何より大切にする。人手不足や多国籍化という建設業の現実に向き合いながら、分社化による全国展開、さらには海外への拠点づくりまでを見据える栗林氏に話を聞いた。

16歳で足場の世界へ、そして独立

東京都国立市に生まれ、転勤族により相模原、仙台、国分寺、茅ヶ崎と各地で育った栗林氏。建設の世界に足を踏み入れたのは16歳のときだった。茅ヶ崎、綾瀬の鳶の会社で経験を積み、綾瀬の会社で自分の班を築けたころに独立した。

独立のきっかけは、決して順風満帆なものではなかった。当時所属していた綾瀬の会社で班を任されていたが、その会社の仕事が急激に減っていった。「自分で仕事を取って、自分で動かなきゃならない」——そんな状況に迫られ、正式に届け出をして事業を立ち上げた。「今思えば、あれが目の前の分かれ道だったのかな」と振り返る。

ゼネコンを相手とした仕事を担う

SIDE ROPEが手がけるのは、建設現場の鳶職だ。足場工事や鉄骨工事を主軸に、ゼネコンを相手とした法人向けの仕事を担う。現場はマンションや工場といった大型物件が中心となる。

競合が多いなかで選ばれ続ける理由を、栗林氏はベテラン社員の存在に限る。経験豊富な職人が現場を持ち、仕切り、確実にやり遂げる。その積み重ねが信頼につながり、リピートを生んでいる。目立った営業活動をせずとも常駐で仕事が流れてくる背景には、長年かけて築いた関係性がある。「新規のつながりも、ゴルフで知り合った同業の方から広がったりするんです」と栗林氏は語る。

会社は「ファミリー」である

経営で最も大切にしているのは、会社が「ファミリー=家族」であることだと栗林氏は言い切る。社員一人一人を大切にし、同じ仲間として向き合う。仲間意識と思いやりを全員が持ち、誰もが嫌な気持ちにならない環境をつくること。それが組織づくりの根幹にある。

顧客と向き合う際に重んじるのは、信頼と安全だ。「安全第一はもちろん、当たり前に挨拶ができること、コミュニケーションをしっかり取ること」。そうした一つ一つの積み重ねが横のつながりを広げていくと、栗林氏は考えている。

多国籍のチームと、建設業の未来

建設業界が直面する人手不足は、SIDE ROPEにとっても大きな課題だ。物価高が進み、若手の担い手が減るなか、同社ではインドネシアやベトナムをはじめ、多国籍の人材が活躍している。栗林氏自身が現地へ足を運んで面接し、組合と連携しながら受け入れを進めてきた。技能実習から特定技能へ、そして日本に住む資格を得られる段階まで、時間をかけて一人前に育てていく。

一方で栗林氏が願うのは、日本の若者が「建設業っていいな」と思える会社をつくることだ。「学歴がなくても稼げる」というかつての魅力だけに頼らず、これからの時代に合った働き方を模索している。

分社化で全国へ、そして海外へ

来期で10年目を迎える同社は、大きな転換点に立っている。栗林氏が描くのは、分社化による全国展開だ。一つの会社で出せる売上には限りがある。そこで各地に拠点を広げ、それぞれの力を集結させるホールディングスの形を目指す。

社名の「SIDE ROPE(サイドロープ)」には、横のつながり、そして相撲の「横綱」という意味が込められている。「現場の鳶といえば横綱、サイドロープ」——そう言われる存在になることが目標だ。さらにその先には、インドネシアやベトナムの仲間たちが母国に帰っても起業できるような、海外への拠点づくりも見据えている。「どこまでできるかは分からないですけどね」と笑いながらも、その視線はすでに国境の向こうを向いている。

会社概要

  • 会社名:株式会社SIDE ROPE
  • 代表者:栗林 毅典
  • 事業内容:建設業(鳶工事)/足場工事・鉄骨工事

編集後記

取材を通じて一貫していたのは、「横のつながり」という言葉だった。16歳で現場に入り、若くして独立した栗林氏が築いてきたのは、技術だけでなく人と人との信頼である。会社を「家族」と呼び、国籍を越えた仲間たちと大型現場を支える姿には、建設業の未来への静かな希望がにじむ。横綱の名を掲げる集団が、これからどんな広がりを見せていくのか楽しみだ。

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