明治25年創業、大阪・大正区に工場を構えるヤマキウ株式会社。かつお節と出汁を全国の飲食店や旅館へ届ける老舗の8代目・鈴木彰さんは、電子部品商社やデジタルマーケティングの世界を経て家業に戻った。AIが広がる時代だからこそ「有形のもの」「食」にこそ可能性があると見定めた経営企画担当が語る、老舗の強みと、これからの挑戦を伺った。
「PMをやってみたい」——家業を見据えて設計したキャリア
新卒で選んだのは、中堅の電子部品商社だった。入社したその年に新設されたばかりの新規事業部へ配属され、人手が足りないという事情から、すぐにプロジェクトマネージャー(PM)を任されることになる。
「PMをやってみたかったんです。それが就活の軸でした」と鈴木さんは振り返る。文系出身ながら、電子部品にとどまらず樹脂製品や金属、塗装まで、さまざまな会社をつなぎ合わせて一つのものを生み出す仕事に没頭した。開発から量産へと載せるところまでを経験し、約2年半を過ごす。
その後はデジタルマーケティングの会社へ。いずれ家業に戻ることを見据え、あえて外の世界で多様な業態の支援に携わった。「家業のためのデジマを学ぶのもいいけれど、いろんな会社を支援した方が、持ち帰ったときに役立つと思った」。30歳ごろまで、この世界で腕を磨いた。
有形のものへ、そして食へ——家業に戻ると決めた理由
家業に戻ること自体は、早くから決めていた。決断を後押ししたのは、AIの台頭だった。デジタルマーケティングの現場にいた鈴木さんは、感覚的にこう思ったという。「これからは、よほどの専門性を磨かないとAIに勝てない。だったら、むしろ物があった方がいい」。
とりわけ食は、生活の三大要素の一つ。なくなることはない。そして、これから鰹節屋で起業する人はまずいない——たまたまその家に生まれ、ここまで育ててもらった。周囲からは「大丈夫なのか」と心配されることも多かったが、本人の受け止めはまったく違った。
「むしろ面白いコンテンツだなと思って、戻りました」
もっとも、実際に飛び込んでみると苦労は絶えなかった。これまで扱ってきたのは無形の商材ばかり。目に見える自社製品を売るのは初めてで、営業のスタイルもまるで違う。パソコン一台で完結する仕事とは異なり、自社工場の運営にも目を配らなければならない。「有形のものを扱うことの難しさは、想像以上でした」。
「上品な味」で選ばれ続ける、133年のノウハウ
古い業界だけに、技術も仕入れ先も各社で大きくは変わらない。そんな中でヤマキウがよく言われるのが、「上品な味」だという。
大手と比べれば価格はやや高い。それでも選んでくれる顧客は少なくない。「もっと安いところもあるのに、なぜうちなんですか」と思い切って尋ねると、皆が口を揃えて「上品な味だから」と答えるのだそうだ。133年という歴史のなかで、数えきれないほどの料理人と付き合ってきた。その積み重ねが、味の奥行きを生んでいる。
事業の9割9分はB2B。飲食店や旅館、給食センターへと全国に届けており、「日本人なら、どこかで一度は口にしているのでは」と鈴木さんは言う。昨年からはAmazonでのB2C販売も始まり、少しずつ手応えが出てきている。
人が集まる会社に——採用と現場づくり
出汁の業界そのものが決して大きくはなく、会社の規模も大手のようにはいかない。だからこそ鈴木さんが最重要と考えるのが、人材だ。
「何をやっているかというより、そもそも人がいるかどうかで、会社が続くかどうかが変わってくる」。社員は10名ほど。受注が伸びて現場は人手が足りず、増員を進めたいところだという。
求めるのは、工場の現場を黙々と支えてくれる人だ。パートとして働く人たちは、口を揃えて「黙々とできるのがいい」と言ってくれる。無駄口を叩く人は少なく、それぞれが商売人としての意識を持って手を動かす。組織のしがらみに疲れた人にとっても、心地よい環境になり得る。
ただ、工場の立地はアクセスが良いとは言えない。募集をかけてもなかなか集まらないため、リファラルや、地域の行事・まちづくりへの参加が採用の鍵になると考えている。
「出汁といえばヤマキウ」を目指して
古い会社の割に、認知度が低い——鈴木さんが挙げる最大の課題だ。この認知をいかに上げていくかが、これからの目標になる。
打ち手は多方面にわたる。B2Cへの展開に加え、海外にも目を向ける。「現地の料理人に知られていなければ、そもそも選択肢に入らない」。そして本人が得意とし、趣味でもあるのが、人と交わることだ。HRやAI、まちづくりといった異業種の交流の場に積極的に顔を出す。昨年の大阪・関西万博にも出展し、AI企業とコラボイベントを開いたこともある。「なんでこんなところに鰹節屋が」と驚かれながら、少しずつ「出汁屋といえば鈴木さん」と覚えてもらえるようになってきた。
「出汁といえば、僕の顔がポンと思い浮かぶ。そういうポジションを取っていきたい」
情報発信では、まずInstagramから着手している。食は見た目が大切だからだ。Spotifyでのラジオにも取り組み、ゆくゆくは動画への展開も視野に入れる。デジタルマーケティング出身の強みを活かしつつ、コンテンツ力に長けた大学生インターンの力も借りながら、地道にノウハウを積み上げている。
会社概要
- 会社名:ヤマキウ株式会社
- 代表者:鈴木彰(経営企画/8代目)
- 事業内容:かつお節・出汁の製造販売。飲食店・旅館・給食センターなどへB2B中心に全国供給。近年はAmazonでのB2C販売も開始
- 創業:明治25年
- 所在地:大阪府大阪市大正区大正区鶴町
編集後記
無形のデジタルの世界から、あえて「有形」の食の世界へ。鈴木さんの選択には、時代を冷静に見極める目と、家業を面白がる遊び心の両方が同居していた。133年の味を守りながら、異業種の輪に飛び込んで自ら認知を切り拓いていく姿は、老舗の継承が「守り」だけではないことを教えてくれる。「出汁といえばヤマキウ」——その像が広く共有される日は、そう遠くないのかもしれない。
