株式会社オフィス福永は、書籍・雑誌などの紙媒体から上場企業のウェブコンテンツまでを手がける編集プロダクションだ。代表の福永育子氏は、出版の世界で長くキャリアを重ねたのち独立し、同社を立ち上げた。生成AIが制作の現場に急速に入り込むいま、福永氏は「言葉には力がある」という信念を軸に、活字文化の価値を問い直し、新たな事業へと踏み出そうとしている。その挑戦の中身を聞いた。
出版の世界へ──キャリアの原点
福永氏のキャリアは、新卒で出版社に入ったところから始まる。以来、書籍編集ひとすじに歩んできた。
「本当は国際貿易や商社に行きたかったんです。大学では国際関係論を専攻して、英語を学んでいましたから」。しかし当時、大学を出た女性が自由に試験を受けて入れる職場は、新聞社・テレビ局・広告代理店・出版社といったマスコミに限られていた。志した貿易交渉の現場への道は開かれず、福永氏は出版社の門をくぐる。
その後、新聞社、広告代理店、外資系出版社へと場を移しながらも、一貫して書籍づくりに携わってきた。数十年にわたり本と向き合い続けた経験が、いまの同氏の土台となっている。
独立、そして会社設立
転機となったのはリーマンショックだった。北米資本の外資系出版社に在籍していた福永氏は、業績面での直接の打撃こそ小さかったものの、日本企業が元気を失っていく時代の空気を肌で感じていたという。
「北米やイギリスの本を『これを訳しなさい』と言われて出すのではなく、もっと自分たちのアイデンティティを大切にした出版物をつくりたい」。日本の文化や美しいものを、自分たちの手で発信したい──その思いから独立を決意し、株式会社オフィス福永を設立した。
現在、社内は経理、マーケティング・ウェブ、ウェブコンテンツ制作、編集雑務などを担う少数精鋭の体制。加えて、外部委託のライターやカメラマンなど30名以上とネットワークを組み、案件ごとに最適な座組みを編成して制作にあたる。
二つの柱と、専門性という強み
同社の事業は大きく二本柱だ。ひとつは紙媒体で、出版社や広告代理店を通じた雑誌・書籍・パンフレット・翻訳物などを、自ら企画し著者と連動させながらプレゼンして形にしていく。もうひとつは、大手上場企業のホームページ向けウェブコンテンツの制作である。
強みは、専門ジャンルへの深い蓄積にある。医学・医療・健康・アンチエイジング・美容の分野では、大学教授や医学博士の著作を数多く手がけてきた。さらに建設や競馬など多岐にわたるテーマで、その道に精通した専門ライターを多数抱える。
「営業をしたことがないんです」と福永氏は言う。自ら企画した制作物が評価され、口コミや紹介で次の仕事につながってきた。良い本をつくれば、それが次を呼ぶ。その循環が同社を支えてきた。
コロナ禍という試練
創業以来の最大の危機は、やはりコロナ禍だった。「自宅で本を読む人が増えるだろうと思って電子書籍をたくさん作ったのですが、思ったほどKindleでKindleが伸びなかった」。周囲の編集プロダクションが次々と姿を消していくなか、薬学情報誌をはじめとする医学系の雑誌など、強みのある紙媒体が休刊にならずに残ったことで、同社は生き延びた。
もうひとつの試練は、全員を在宅勤務に切り替えた際に起きた。社内の一台がマルウェアに感染し、取引先に多大な迷惑をかけてしまったのだ。結果として失った取引もあった。「ちょうどサイバーセキュリティの本を作っていた最中だったんです」。自らが当事者となる経験を経て、同社はセキュリティ体制を強化していった。
言葉に神経を使う──変わらぬ価値観
「文字、言葉を扱う仕事ですから、表現にはものすごく神経を使います」。福永氏が経営で大切にしているのは、言葉に対する誠実さだ。言葉には力があるという信念のもと、最高・最大の表現を目指す。
一方で、生成AIの進化には強い危機感を抱く。ウェブコンテンツの分野では、AIの精度が年々高まっている。だからこそ福永氏は、リアルに人を取材したインタビューや、医学博士が発信する新しい情報など、人間が介在しなければ生み出せない価値にこそ活路があると考える。
紙の本への信頼も揺るがない。「活字世代は、紙の本で読んだほうが記憶に残るという人が多い。スマホで流れる映像を追うのに比べて、はるかに記憶に残るんです」。ヨーロッパではすでに本への回帰の動きが始まっていると、福永氏は語る。
種をまく──これからの展望
福永氏はいま、新しい事業の種をまいている最中だ。
ひとつは、健康寿命をキーワードとした多媒体展開である。健康長寿にまつわる産業をブルーオーシャンと見て、学会や財団法人、バイオテクノロジー企業などと組み、媒体制作にとどまらずサプリメント開発、ECサイト、ウェビナー、リアル販売までをトータルにプランニングする構想を描く。
もうひとつは、自費出版のサポートだ。これまで断ってきた分野だが、誰もが本を出せる時代の到来を見据え、方針を転換した。「本は、自費出版の方にとって宝物です。大事な記念品として、紙の立派な本で残したほうがいい」。現在、そのためのホームページを作り変えている最中だという。
出版事業については「この3年が勝負」と語る。月に数件を安定して受注できれば、抱えるライターやカメラマン、デザイナー、翻訳者たちを守っていける。「彼ら彼女たちのためにも、もう一踏ん張りしなければ」。まいた種がうまく芽吹けば有望だ、と福永氏は前を見据える。
会社概要
- 会社名:株式会社オフィス福永
- 代表者:福永育子
- 事業内容:編集プロダクション(書籍・雑誌など紙媒体の企画・編集、上場企業向けウェブコンテンツ制作、出版プロデュース)
- 創業:2013年

編集後記
言葉の力を信じ、その価値を次代へつなごうとする福永氏の姿勢は、AIが制作の現場を席巻しつつある時代にあってなお、いや、だからこそ揺るがない。人間だからこそ担える表現、紙だからこそ残せる記憶──その確信を軸に、健康寿命産業への展開や自費出版支援という新たな種をまく。変化を恐れず、しかし守るべきものは手放さない。その柔らかくも芯のある構えに、活字文化の未来への希望を見た。
