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舌と脈から「病気になる前」を可視化する——中医学とテクノロジーで挑む、未病の医療

体調を崩してから病院に行くのではなく、病気になる前の「兆し」に手を打てないか。株式会社パルセック代表取締役の丸山昌二氏は、中医学(中国伝統医学)とデジタル技術を組み合わせ、舌や脈から体質を可視化するサービスを開発している。大手電機メーカーで新規事業に携わるなかで感じた西洋医学の限界。その先にある「未病」という広大な空白地帯に、丸山氏は正面から挑もうとしている。本記事では、その事業構想と、社会課題への静かな使命感に迫る。

目次

富士通、キヤノン——技術者としての歩み

東京出身の丸山氏のキャリアは、大学卒業後に入社した富士通から始まる。ファイルシステムコントロールのハード設計を約4年間担当したが、光ディスクの開発に携わりたいという思いが募っていった。当時、光ディスクを研究開発していたのはキヤノンとソニーのみ。両社を受け、最初に決まったキヤノンへ1990年に移った。

キヤノンではまず光ディスク(MO)のコントローラー開発に従事する。スティーブ・ジョブズが立ち上げたNeXTのワークステーションに、キヤノンの光ディスクが標準装備されるプロジェクトへの参加が最初の仕事だった。その後、MO事業の縮小に伴いプリンター開発へと移り、MR(複合現実)の製品開発も兼務。2015年からはR&D本部を兼務し、主にメディカル関係の新規事業の企画・推進を担うようになった。

「病気になる前」に挑むために、中医学と出会う

メディカル分野の新規事業を進めるなかで、丸山氏はある壁にぶつかる。やりたかったのは、病気になってからの治療ではなく、病気になる前の予兆を捉え、必要に応じて受診や処方を促す仕組みだった。しかし、西洋医学の延長線上では体質そのものを可視化するには限界があると気づいたのだ。

「西洋医学は、悪くなったところを可視化するのは非常に長けている。けれども、そもそもなぜそこが悪くなったのかを紐解けない。そこが西洋医学の限界だと言われている」

そんなとき、共同創設者となる中医師(中国で医師免許を取得した医師)がキヤノンを訪ねてきた。中医学の話を聞いた丸山氏は、それがまさに「未病改善」——病気になる前の状態をいかに病気にさせないかという診療・治療そのものだと直感する。当初はキヤノン社内で中医学をベースにした新規事業を立ち上げようとしたが、同社の事業基盤は西洋医学が中心。中医学のビジネスは難しいと判断し、丸山氏はこの中医師とともに、2人で会社を立ち上げる道を選んだ。現在は共同経営の体制をとり、役員は4名だ。

舌・脈・ツボ——中医学を「見える化」する事業群

パルセックの事業の柱は、中医学をベースにした体質の可視化サービスとデバイスだ。

第一の柱は、舌の状態から体質を判定するアプリ「舌口調」と「Tongue Scope」。「舌口調」はBtoB向けに、「Tongue Scope」はBtoC向けに展開している。「舌口調」は、一般ユーザーもスマートフォンのカメラで舌を撮影するだけで、月3回まで無料で利用できる。中医学の代表的な7つの体質に分類し、どれが良い・悪いという評価ではなく、体質に応じて生活アドバイスや推奨食を提案する点が特徴だ。舌からは胃の状態、ストレス、水分状態なども読み取れるという。あるクリニック運営企業では、腸内フローラ検査キットのデータと舌診データを連携させ、将来の新しい診療への活用を見据えた取り組みも始まっている。

第二の柱は、脈から五臓六腑や循環器系の状態を可視化する脈診デバイス。中医学では脈に28種類もの形があるとされ、そこから気血のバランスや臓腑の異常を読み取る。現在は漢方製薬会社向けのビジネスとして検証が進む。

第三の柱は、体質可視化から導いたツボ(経穴)に温熱刺激を与える温熱デバイスだ。いわば「電子お灸」で、火を使わず電気的に温度を制御し、温めるだけでなく冷やすこともできる。ツボについては2008年にWHOが世界共通のものとして361か所を定義しており、その治療効果のエビデンスを踏まえ、体質判定からツボの特定、適切な温度制御までを一貫して行う。冷え性、睡眠、ストレス、疲労のケアから美容分野まで応用を見込む。

第四の柱がペット向けサービスだ。犬も人間と同様に舌から体質が分かるという。獣医師と協業し、犬の舌データと診断結果をもとにモデルを開発。獣医師の診断結果とほぼ一致する精度を得られたことから、一般向け・獣医師向けのアプリとして近く展開する予定だ。ペット用の電子お灸も構想している。

これらのサービスが狙うのは「デジタル未病市場」——病気になる危険性のある空白地帯にいる人々だ。介護施設、自治体、セルフメディケーションの現場、漢方製薬会社などとのBtoBを中心に展開している。中医学は日本ではまだ馴染みが薄いため、まずは事業者との連携から市場を耕している。

医療の「限界」と、社会課題への視座

事業の歩みは平坦ではない。丸山氏が最初に挙げる課題は、中医学が日本では医療行為として認められておらず、知名度が低いことだ。かつては舌や脈を診る年配の医師も多かったが、診療報酬に結びつかないため、若い世代にはほとんど受け継がれていない。一方、中国では伝統医学が正式な医療行為として認められ、広く診療に用いられている。

未病領域ならではの難しさもある。まだ症状が出ていない段階で手当てをすることに、一般消費者はなかなか投資しようとしない。加えて、共感してくれる相手は多くても、共同で事業に踏み込むパートナーはまだ少ないという。

それでも丸山氏を突き動かすのは、社会課題への視座だ。病気にならない人を増やすことは、日本の社会保障費や医療費、福祉費の削減につながる。とりわけ関心を寄せるのが、過疎地域の高齢者だ。患者の少ない地域では病院の倒産が相次ぎ、身近に頼れる場所が失われている。

「例えば舌診をリモートで行い、離れた場所の介護従事者やクリニック、医師と連携することで、総合的な判定ができる。過疎地域のご高齢者向けのサービスとしてやりたい」

そうした思いが、事業の原点にある。

志を同じくする仲間と、未病のビジネスを

資金が潤沢にあるわけではない。投資会社や事業会社からの出資を受けつつ、顧客からの多様な要望に応えきれるだけのリソースはまだない。だからこそ、できるところからBtoBの一部で事業を進めながら、並行して資金調達を進めている。

採用にあたって丸山氏が求めるのは、日本の社会課題を自分の力で何とかしたいという強い志を持つ人だ。人々の健康を第一に据え、世の中の課題に挑む。「共感」「競争」「協業」によるイノベーションの加速を意識し、より良い社会の実現に貢献する——そんな精神を持つ仲間と働きたいと語る。

東洋と西洋を融合する、新しい医療へ

3〜5年後に丸山氏が描くのは、一人ひとりが自分の体の状態を自分自身で知り、未病に手を打てる世界だ。体質や環境によって異なる改善方法をカスタマイズし、さらには地域や経済の発展にまでつなげる。地域の食材と体質を結びつけたリコメンドや、健康経営の一環としての社員食堂の改善など、健康増進と地域活性化を両立させる提案もすでに動き出している。

視線は世界にも向く。2024年12月には香港政府が中国伝統医学の推進を打ち出し、WHOも同様の方向性を強めているという。丸山氏は、西洋医学が良い・東洋医学が悪いという二項対立ではなく、両者を融合した新しい診療・医療の世界を築きたいと考えている。日本発の技術を、グローバルにアピールしていく構想だ。

読者へのメッセージは、身近な一歩から始まる。「舌を鏡で見るだけでも、自分の体質が分かる。自分の健康、自分の体を自ら知る手段を身につけ、食事や運動に活かして健康になってほしい」。そして、病気にならないようにという思いを同じくする企業とともに、未病のビジネスを発展・拡大していきたいと結んだ。

会社概要

  • 会社名:株式会社パルセック
  • 代表者:丸山昌二
  • 事業内容:中医学をベースにした体質可視化サービス・デバイス(舌診アプリ「舌口調」「Tongue Scope」、脈診デバイス、温熱デバイス、ペット向けサービスで健康判定アプリの「Lapis」)の開発・提供
  • 役員:4名

編集後記

派手な言葉で「革命」を語るのではなく、西洋医学の限界を冷静に見据えながら、そこを補う東洋の知恵を静かに、しかし粘り強く実装していく——丸山氏の語り口には、長年の技術者としての誠実さがにじんでいた。未病という、成果が見えにくく投資も集まりにくい領域に、社会保障費の削減や過疎地域の高齢者という具体的な課題感を携えて挑む姿勢は、健康を「個人の問題」から「社会の設計」へと引き上げる射程を持つ。舌一枚から始まる、大きな構想である。

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