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業界の常識を洗い直す──井上クリーニングが挑む「人と衣類と環境に優しく」

異色のキャリアを経て家業に飛び込み、廃業寸前だったクリーニング会社を建て直してきた井上クリーニング株式会社。統括部長を務める井上文孝氏は、「安さ」で消耗する業界の常識に背を向け、環境や人に優しい洗いとブランディングで選ばれる会社を目指す。サッカー、海外、飲食、そして家業へ──回り道の末にたどり着いた経営者の哲学と、大手と戦わない独自の成長戦略を聞いた。

目次

異色の経歴を経て、家業の扉を開くまで

井上氏のキャリアは、まっすぐな一本道ではない。中学時代に打ち込んでいたサッカーを怪我で断念したことをきっかけに道を外れ、高校も途中で離れた。その後は建築系の防水工事の仕事に3年ほど従事する。

留学した姉の影響で海外への関心が芽生え、20歳の頃には怪我の手術を機に力仕事から離れ、電力自由化のタイミングで期間限定の営業職も経験した。飲食の世界にも身を置き、資金を貯めてはフィリピン・セブ島へ語学留学、さらにカナダへ渡って現地の飲食店で1年間、調理の現場に立った。

海外生活の中で井上氏がのめり込んだのがトレーニングだった。怪我の治療のために続けていた筋トレは、やがて本気の道へと変わっていく。帰国後はパーソナルトレーナーのジムへの就職も決まっていた。しかし、その内定を辞退させたのが、実家の家業だった。

廃業寸前からの再出発

当時、実家のクリーニング会社は厳しい状況にあった。井上氏が家業を意識し始めたのは、翌春に会社をたたむという話が持ち上がっていた頃。父は数か月にわたり給料を受け取れず、母も続ける気力を失いかけていた。恩師の後押しもあり、井上氏はもう一度家族と向き合い、内定を断って会社に入る決断をする。

「入ってすぐコロナになって、売上が9割くらい減ってしまった」と振り返る。だが、コロナ関連の融資を受けられたことで、平時なら踏み込めなかった設備投資に資金を回すこともできた。逆境が、結果的に立て直しの入り口になった。

素人として飛び込んだからこそ、井上氏は業界の固定観念にとらわれなかった。「なぜこれがこうでなければいけないのか」という疑問を一つひとつぶつけ、慣習を作り変えていく。その過程は平坦ではなく、受付スタッフや工場の従業員が相次いで離職する事態にも直面した。それでも改革の手を止めず、6年目を迎えた今、少しずつ利益が残る体質へと近づいている。

大手と戦わない、独自の出店戦略

井上氏の成長構想の核にあるのは、「大手と正面から戦わない」という考え方だ。クリーニング業界は大手による寡占が進んでおり、駅前や商店街といった流動性の高い立地では体力勝負に勝てない。

そこで井上氏は、集客力の高い店舗はあえて「広告・認知のための拠点」と位置づけ、赤字でも維持する。一方で収益を生むのは、大手が出店しない郊外の住宅街だ。狭い区画でも成立するよう内装や設備を徹底的に絞り込み、1店舗あたりの出店コストを大きく抑える。「認知を広げる店を1軒、収益を残す小型店を2〜3軒」という組み合わせで、大手とは異なる土俵で戦う設計である。

家業に戻った当時、直営店はほぼ1軒まで減っていた。かつて祖父の代には数多くの取次店を抱え隆盛を誇ったが、オーナーの高齢化とともに縮小し、配送コストばかりが重くのしかかっていた。井上氏は相見積もりを取らないといった旧来の慣習にもメスを入れ、規模をあえて小さくして利益の残る構造へと転換。今では直営店を4軒まで戻している。

「法人営業」という次のフェーズ

現在、井上氏が最も力を注ぐのが法人営業だ。月々安定して積み上がる収益を厚くし、その原資で直営店の出店を進めるという構想である。営業体制の立ち上げには営業代行も活用し、電話営業などの新規開拓を外部と連携しながら進めている。

主なターゲットは製造業と医療・クリニック分野。作業着やスクラブといった、仕上がりの繊細さよりも「汚れをしっかり落とすこと」と「コスト」が重視される領域だ。「洗いは技術の問題。どう洗い、どの洗剤を使い、何度で洗うかを押さえれば品質は安定する」と井上氏は語る。過度な仕上げを求められないぶん従業員の負担も抑えられ、無理のない運営につながる。

強みは、仲介を挟まない自社完結の体制にある。仲介手数料が発生しないぶん、顧客には抑えた価格を提示しながら、自社にはしっかり利益を残せる。「ちょうどおいしい中間地点を取れる」というポジションだ。まずは今年の売上目標を掲げ、法人営業の安定を土台に、来年以降の出店、そして将来的な多店舗展開へとつなげていく。

人と衣類と環境に、優しく洗う

井上氏が掲げるテーマは「人と衣類と環境に優しく洗う」。コストがかさむため業界では敬遠されがちな環境配慮型の洗剤を積極的に取り入れ、あえてそこを強みに変えていく。原材料が高騰する中でも梱包資材を強化し、「値上げの理由をお客様にきちんと伝わる形にする」という姿勢を貫く。

職場づくりにも独自の哲学がある。フィリピンでの生活経験を持つ井上氏は、多くのフィリピン出身スタッフが伸び伸びと働ける環境を大切にしている。作業さえこなせば働き方は本人に委ねる──そんな柔軟さが、多様な人材を支える。

地域への還元にも積極的だ。地元の夏祭りでの熱中症対策や、地域を盛り上げるイベントへの協賛など、事業の枠を超えた活動にも取り組む。「安いものが勝つ」という従来のクリーニング像を脱し、ブランディングで選ばれる存在になること。スターバックスやレッドブルのように、価格ではなく価値で支持されるブランドを、井上氏はクリーニング業界で実現しようとしている。その先には、生活関連サービス全般へと広がる「人々の生活を豊かにする」という大きなテーマが据えられている。

会社概要

  • 会社名:井上クリーニング株式会社
  • 代表者:井上 文孝
  • 事業内容:クリーニング業(直営店運営、製造業・医療分野などを対象とした法人向けクリーニング)
  • 従業員:正社員3名、パートを含め約30名

編集後記

サッカー、海外、飲食、トレーニング──寄り道に見えた経験のすべてが、いま経営の血肉になっている。廃業寸前の家業を継ぎ、痛みを伴う改革を経てなお、井上氏の言葉には気負いがない。「安さ」で疲弊しがちな業界にあって、人にも環境にも優しくありながら選ばれる会社をつくろうとする姿勢は、生活を支える地場産業の新しいかたちを予感させる。淡々と、しかし確かに常識を洗い直していく経営者だった。

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