大分県出身の相良泰弘さんは、商社、建築資材の卸、そして工務店と、畑の異なる現場を渡り歩いてきた。いま相良さんが妻と二人で営むのは、遺品整理・生前整理を手がける合同会社atataka。工務店を続けながら立ち上げたこの会社には、「亡くなった方の思い出と、遺されたご家族の気持ちに寄り添う」という一貫した信念が流れている。孤独死を地域からなくしたい——そう語る一人の経営者の肉声を届ける。
商社から建築、そして自分の会社へ
相良さんの職歴は多彩だ。最初に籍を置いたのは総合商社の丸紅。イギリスのロスマンズやダンヒルといったタバコを扱っていた時代のことだという。その後、体調を崩して休養している間に、知り合いから建築の仕事を紹介された。
「建築ってなくならないものなんです。畑違いの仕事でしたけど、ずっと職業として成り立つ仕事かなと」
そう考えて建築資材の卸売会社へ入社。やがて工務店から声がかかり移るものの、「自分の理想と少し違った」ことから独立を決意する。以来、個人事業主として工務店を営んできた。営業も現場管理も、自ら手を動かす作業もこなすオールマイティな職人である。
遺品整理という「深い仕事」
工務店を続けるなかで、相良さんは不動産会社や弁護士との付き合いを重ねてきた。そこで年々増えていったのが、孤独死のあった物件や、残置物を遺したまま持ち主がいなくなった物件の片付け依頼だった。
ちょうどその頃、動物病院で働いていた妻が体調を理由に仕事を離れることになり、休養の間に資格を取ろうという話が持ち上がる。目に留まったのが遺品整理士、そして事件事故の清掃に関する資格だった。妻に続いて相良さんも資格を取得し、「これは今からの時代に必要になる業種だ」と会社設立を決めた。夫婦二人で始めた事業である。
仕事の中心は、ゴミ屋敷の清掃や汚損現場の対応だけではない。むしろ実務の大半を占めるのは、通帳や権利書、印鑑、そして思い出の品といった「捜索」だ。一般廃棄物の処分は許可を持つ業者へ委託し、atatakaは遺された品を一つひとつ確かめていく。
手が止まる、その理由
「机の上で学ぶのと現実は、かなり温度差があります」
相良さんが最も違いを感じたのは、遺族と向き合う瞬間だった。ヒアリングの途中で涙を流す方も少なくない。同じ案件は一つとしてなく、故人への思いの強さもそれぞれに異なる。
「写真一枚、手紙一通が出てきても、つい読み込んでしまう。家族団らんの写真を見ると、こういう時代もあったんだろうなと考え込んでしまって、手が止まるんです」
感情移入しすぎない方がいいと同業者から聞くこともある。それでも入り込んでしまうのは、この仕事の深さゆえだろう。創業からの依頼はおよそ9ヶ月で100件近くにのぼり、その紹介元はいまや社会福祉協議会や地域包括支援センター、ケアマネージャーといった福祉・行政関係が大部分を占める。
二人でやれる範囲を、丁寧に
依頼が増えても、相良さんは規模の拡大を望まない。
「従業員に任せると目が届かなくなる。私たちが重きを置いている、お客さんの心に寄り添うところが、果たしてどこまで伝わるのか」
会社を大きくして利益を増やす道もある。それでも「二人でやれる範囲のギリギリまで」と決めているのは、一件でも多く「頼んでよかった」と言ってもらいたいからだ。参入障壁の低さから便利屋やハウスクリーニング業者が遺品整理を名乗る例も増えているが、依頼者とのトラブルも耳にする。ただ片付けるのではなく、思い出に向き合う——その姿勢がatatakaの核にある。
一方で課題も明確だ。工務店と兼任するなかで、営業に割ける時間が足りない。フリーペーパーや行政の配布物、公民館やコンビニでのチラシ設置、そして半年ほど前に始めたインスタグラムからも、生前整理や福祉整理の相談が届きはじめている。
孤独死を、地域からなくしたい
相良さんが見据える先には、目の前の一軒を超えた地域の姿がある。
「地域で孤立している方、行政の支援につながっていない方が数多くいらっしゃる。私たちは行政ではないから縛りがない。行政が手を出しにくいところに一歩踏み込んで、孤立や孤独を減らしたいんです」
弁護士や行政書士、司法書士といった士業、不動産会社、保険外サービスの事業者と横のつながりを築き、行政と組んで無料相談会を開く——そうした「架け橋」となるグループづくりが、これからの3〜5年の目標だ。ゆくゆくは、孤独死を地域からなくしたい。相良さんの言葉には、片付けの現場で積み重ねた実感がまっすぐに宿っていた。
会社概要
- 会社名:合同会社atataka
- 代表者:相良泰弘
- 事業内容:遺品整理・生前整理・福祉整理、工務店業
- 対応エリア:福岡県内
編集後記
一件ごとに手が止まる、と語る相良さんの姿に、この仕事の本質を見た気がした。効率や規模ではなく、遺された品と気持ちにどこまで寄り添えるか。夫婦二人という形は制約ではなく、信念を貫くための選択なのだろう。孤独死を地域からなくしたいという願いは、片付けの現場に立ち続けてきた人だからこそ持ちうる、確かな重みを帯びていた。
