ナカト産業株式会社は、和歌山県を拠点に石油製品の配送を手がける企業だ。お客様の来店を待つ従来のガソリンスタンドとは異なり、軽油・灯油・重油を必要とする現場へ自ら出向く「動くガソリンスタンド」として、地域の産業を足元から支えている。父の個人事業を三十歳で継ぎ、法人化から九期で年商十億円へと育て上げた代表取締役・中井政斗氏。本記事では、事業承継の葛藤、燃料供給を巡る苦境、そして「防災に強い会社」を目指す未来像を伺った。
家業の隣で育ち、三十歳で承継を決めた
中井氏の原点は、和歌山県で父が営んでいた個人事業にある。高校時代から父の横に乗り、免許取得前は補助作業、免許を取ってからは自ら配達をこなした。二十歳で結婚した後も父のもとで働き続け、外の会社を経験することなく、この仕事一本で歩んできた。
転機は三十歳のとき。当時六十歳だった父から事業承継の話が持ち上がる。「継ぐならやればいいし、しないなら廃業しようと思っている」——そう選択肢を示された。特別に承継への強い意志を持っていたわけではなかったが、中井氏はここで会社を引き継ぎ、法人化へと踏み切った。
「法人、かっこいいじゃん、くらいの感覚でした」と当時を振り返る。父が廃業も口にしていたほどで、金融機関からの評価は白紙からのスタート。最初の二、三年は資金繰りに最も苦しんだという。描いていた仕事のストーリーを実現しようにも、お金の問題が常に立ちはだかった。
「動くガソリンスタンド」という機動力
ナカト産業の事業は、石油小売販売の一本に絞られている。軽油・灯油・重油といった石油製品を、企業の現場へ届ける配送特化型のスタイルだ。取引先の九割から九割五分が法人で、残りが個人。土木・建築分野が三割から四割を占める。
土木の現場は工事が終われば契約がリセットされ、入札案件ゆえに次も同じ相手とは限らない。そのため、既存客を軸としながらも常に新規開拓が求められる。落札できればそのまま継続できることもあるが、決して安泰ではない業界構造の中で走り続けている。
理念は「顧客第一」。中井氏はその理由をこう語る。「軽油も灯油も、どこで買っても品質は同じ。全国で同じものが売られている中で差別化するには、機動力と柔軟な対応しかない」。いかに難しい要望にも応える姿勢こそが、選ばれる会社の鍵だと考えている。
燃料が入ってこない——供給を揺るがした苦境
近年、中井氏が最も苦しんだのが、中東情勢の影響による燃料供給の混乱だった。元売りの系列スタンドには正常に燃料が入荷する一方、メーカーを持たず商社から仕入れる同社のような業者は、価格差という壁に直面した。
「一番きつい時で、元売りとの価格差が仕入れで五十円から六十円ありました」。もともと利益が薄く、あっても十五円程度という業界で、この差は経営を直撃する。燃料は入ってくるが極端に高い——「なぜお前の会社はそんなに高いんだ」と言われる状況が二、三ヶ月続いた。当事者として理不尽さを痛感した時期だったが、現在は供給も価格も正常に戻っている。
若手より、地域を支えてきた人の力を
現在の従業員は六名。配送を軸にしたルート営業で事業を回している。中井氏が課題に挙げるのは人の増強だが、その考え方は独特だ。「正直、若手の採用はいらないと思っています」。
石油は成長分野であり、雇用する余力があるうちに人を増やしておきたい。しかし中井氏が活躍の場を用意したいのは、地域を支えてきた年配の人材だ。フルタイムでなくとも、かつて同種の仕事に携わり手順を熟知した人が、三時間、四時間とスポットで働く。そうした担い手が増えれば、二十四時間体制の強化につながると見据える。就業規則の枠内で働きたい若手とは異なる強みが、そこにあると考えている。
和歌山県で唯一無二の存在へ、そして防災に強い会社へ
今後の展望は明確だ。和歌山県のほぼ中央から南寄りに位置する拠点から、県全域をカバーする体制を築くこと。具体的には県内の北と南に事業所を構え、M&Aも視野に模索を進めている。後継者不足や規模縮小に悩む同業をサポートし、県内で絶対的な存在になることを目指す。
その先に見据えるのが「防災に強い会社」だ。同社は上富田町と防災協定を結び、ドローンを用いた捜索や撮影といった地域貢献にも取り組んでいる。南海トラフへの意識が高まるエリアで、燃料供給というインフラの担い手としての自負は強い。
「燃料がないと、工場も運送も土木の重機も、何も動かない。災害復旧で土木建設が最前線に立つなら、僕らも土木に負けないくらい動かないと地域は戻せない」。軽そうに見えて実は重い責任を背負う仕事だからこそ、やりがいがある。時間に縛られず好きな時に働ける自由な社風も、同社ならではの魅力だと中井氏は語った。
会社概要
- 会社名:ナカト産業株式会社
- 代表者:代表取締役 中井 政斗
- 事業内容:石油製品(軽油・灯油・重油)の配送・小売販売
- 従業員数:6名
- 年商:10億円
- 所在地:和歌山県
編集後記
「燃料は身近すぎて重要性に気づかれにくい」という中井氏の言葉が印象に残った。当たり前に供給されるものの裏に、二十四時間動き続ける担い手がいる。年配人材の力を活かす採用観も、地域のインフラを守る覚悟の表れだろう。父から受け継いだ家業を、防災という社会的使命へと昇華させようとする姿勢に、地方企業の底力を見た。
