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数学と物理で建築を支える——忖度なき構造設計者の流儀

有限会社TASS設計室の代表取締役・酒井善明氏は、建築構造設計ひとすじに歩んできた技術者だ。竹中工務店の設計部での修行を経て独立し、以来ずっと途切れることのない仕事に向き合ってきた。「相手に忖度せず、言いたいことを言う」——数値ではっきりと答えの出る世界だからこそ貫ける、その率直な仕事哲学と、土木にまで踏み込む飽くなき探究心に迫る。

目次

建築構造設計を志して独立するまで

酒井氏の原点は、はじめからサラリーマンになるつもりがなかったという一点にある。東京理科大学工学部建築学科を卒業後、設計事務所に入り、ゼネコンの設計部へ出向。その出向先がたまたま竹中工務店だった。

「勤める気がなかったから、仕事を身につけるにはどこで勤めたらいいか、というのでチャンスを狙って修行をして、タイミングを見て独立した」。二足のわらじで自分の仕事もこなしながら力を蓄え、31歳で本格的に会社を立ち上げた。

以来、現在は息子と二人の体制で構造設計を続けている。

途切れない仕事と「紹介」で回る経営

会社を立ち上げてからの長い歴史の中で、酒井氏は「ピンチだった」というエピソードを持たない。

「仕事が切れたことがなくて、いつも重なっている。そういう状態が続いています」。仕事のほとんどは、30年以上に及ぶ長い付き合いの顧客と、その人たちを通じた紹介から生まれる。ブログやホームページからの問い合わせもあるが、そこで積極的に受注を狙うことはしない。「情報発信はするけれど、そこで仕事を取ろうという気は私にはない」と語る。

近年は、仕事仲間が立ち上げた一般社団法人が営業の窓口となり、新たな仕事の流れも生まれている。

構造設計を軸に、建築の「苦手」を引き受ける

主軸は構造設計だが、酒井氏の仕事はそこにとどまらない。建設会社に対する営業支援もそのひとつだ。顧客との初期段階の打ち合わせが何より大事だと考え、計画をまとめる手伝いをしている。

意匠設計事務所のサポートも長く手がけてきた。法規に不案内だったり、行政と渡り合うことが苦手だったりする設計者に代わって前面に立つ。「お客さんから、設計事務所を指導する設計者ですか、と言われたこともある」と振り返る。

顧客は個人の事業主から、ホテルやリゾートを運営するディベロッパーまで幅広い。ホテルの改修設計、工場の耐震補強設計、設備会社からの建築案件——。中でも印象的なのが、閉校した学校の体育館を活用した植物工場の設計だ。人口が少なく再生の難しい土地で、行政や事業者をまとめあげる「コーディネートする人の能力」の重要性を、酒井氏は現場で学んできた。

数学と物理の世界で、土木にまで踏み込む

酒井氏の仕事哲学は明快だ。「相手に忖度せず、言いたいことを言う。構造設計は数学と物理の世界だから、数値的にはっきりする。宣伝する必要もなければ、技術を売っていればいい」。

その姿勢は、専門外への挑戦をも厭わない。他の設計者ができなかった案件が回ってくることも多く、時には護岸の設計や、土木の技術者が手を焼いた杭の設計まで引き受けてきた。「建築で我々が苦手とするのは、土や杭や基礎。だから最初の頃はよく土木の講習会に行って勉強した」。建築学会と土木学会の図書館を行き来し、疑問に思えば自ら調べて手を動かす。この探究心が、対応できる仕事の幅を広げてきた。

設計の道具にもこだわりがない代わりに、実用への徹底がある。CADは無料のJW_CADを使い、構造計算プログラムは多数を所有。既製のプログラムで対応できないものはExcelで自ら組んで計算する。学生時代のFortran、その後のBASICと、時代に応じて手法を変えながら、必要な解析を自前で用意してきた技術者の矜持がにじむ。

古いビルを「補強して活かす」未来へ

今後の展望の中心にあるのが、仲間とともに立ち上げた一般社団法人・都市再生協会だ。酒井氏と、元竹中工務店技術研究所所長で長年の相棒でもある構造設計者が、技術顧問として名を連ねる。

背景にあるのは、耐震診断の現場で感じてきた問題意識だ。「東京都内には古いビルがあって、今は新築にコストがかかり、なかなか再開発ができない。もったいない。建て替えるのではなく、古いビルを補強して使い物にしたらどうか、という発想から始まった」。

現在進行中の佐渡のホテル改修も、その思想の延長線上にある。大型の案件から数百平米規模のものまで手がける一方、打ち合わせの細かい一般住宅は「めんどくさい」と率直だ。意匠設計を飛び越えて技術屋が顧客の窓口に立つ——構造と設備という技術が前に出る形を、酒井氏は次の時代のかたちとして描いている。

会社概要

  • 会社名:有限会社TASS設計室
  • 代表者:代表取締役 酒井 善明
  • 事業内容:建築構造設計、耐震診断・耐震補強設計、建設会社・設計事務所への技術支援
  • 従業員:2名

編集後記

数値ではっきり答えの出る世界にいるからこそ、酒井氏の言葉には一切の飾りがない。苦手な土木を自ら学び直し、他人が投げ出した設計を引き受け、無料のCADとExcelで実務をこなす——その姿は、派手さとは無縁の職人技そのものだ。建て替えではなく「補強して活かす」という発想は、成熟した都市が向き合うべき現実的な選択肢でもある。忖度せず技術を売る一人の設計者の流儀に、これからの建築のヒントが宿っていた。

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