映像やゲームに命を吹き込む「音」。既成の音源をただ当てはめるのではなく、一つひとつの音を自ら作り上げることにこだわり続けてきた職人がいる。有限会社audio studio響の代表・梶野俊夫氏だ。ゲームメーカーを退職後、映画の音響効果会社を経て独立。フォーリー(マイクで足音や衣擦れなどの生活音を収録する音響制作技法)を軸に、映画・ドラマ・アニメと領域を広げてきた同氏に、音づくりへの哲学と、大病を越えて会社を立て直す現在地を聞いた。
「作りたい」という原点
梶野氏のキャリアは、音を「作りたい」という一貫した思いに貫かれている。
専門学校在学中からスタジオの仕事に触れていたが、映像に既存の音を当てるだけの作業には物足りなさを感じていた。「作りたいんですよ」。その一言に、氏の職業観が凝縮されている。本当はドラマや映画の音をやりたかったが、当時の環境では思うようにいかなかった。
転機となったのが、ゲームメーカー・カプコンへの入社だった。スーパーファミコンが世に出ようとしていた時代。もともとプログラマーとして採用されたが、効果音(SE)制作を任されると、そのおもしろさに引き込まれていく。「やっぱりそっちが面白いんですよ」。以降、コンシューマーゲームからアーケードゲームまで、一貫して効果音づくりを手がけた。
独立、そして「フォーリー」という武器
ゲーム機の進化とともに、扱える音の世界も広がっていった。ステレオ、サラウンド——技術が変わるたびに「もっと違うことをやりたい」という探究心が頭をもたげる。かねてより抱いていた映画やドラマへの思いもあり、梶野氏は独立を決意。上京し、映画やアニメの音づくりを学び直した。
そこで氏がたどり着いたのが「フォーリー」だ。生活音や動作音を一つずつ作り込むこの技術を、ゲームに持ち込めばもっと表現が豊かになる——そう確信したという。ゲーム、ドラマ、映画、CM、玩具、パチンコと、氏は分野を問わず声がかかれば飛び込んでいった。「金額が良くなくても、やっていることは面白みがある」。誰もが知る身近な仕事に自分の音が使われる喜びも、大きな原動力になっている。
やがて資金の目処が立ち、2006年に会社を設立。一人で営むことを前提に、あえて有限会社という形態を選んだ。「古くからやっていると思ってもらえるのが、それはそれでいい」。制度上まもなく新設できなくなるタイミングを見計らっての、氏らしいこだわりの選択だった。
ゲーム会社を支える「ワンストップ」の強み
現在、audio studio響の顧客は、ゲームや映像(アニメ・CMなど)がメインだ。梶野氏自身は音響効果の制作に専念しつつ、連携するスタジオと組むことで、フォーリー、声優のキャスティング、録音、M.A.(整音)までを一括で引き受けられる体制を築いている。
「一括で全部できる。それが一番いいかなと思っている」。音に関わる工程をワンストップで完結できることが、同社が選ばれ続ける理由の一つだ。案件の受発注や情報交換は、ゲーム業界に特化した交流会を通じて行っているという。一般的な異業種交流会には目を向けず、業界の中で確かなつながりを築いてきた。
大病を越えて、いま立て直しの途上に
順風満帆に見えるキャリアの陰には、大きな試練があった。2017年、梶野氏はくも膜下出血で倒れる。一命は取り留めたものの、思うように言葉が出てこない後遺症が残り、数年間は仕事もままならなかった。回復の途上でコロナ禍が重なり、経営は大きな打撃を受けた。
「今、ちょうど立て直しをしているところ」。氏はそう率直に語る。かつては音響監督として声優に細かく指示を出すこともできたが、いまは頭の中で描いたイメージを言葉にするのに苦労することもある。それでも、少しずつ状況は上向いている。長年続けてきた専門学校の講師業とあわせ、着実に足場を固め直している最中だ。
「理解できないことには、お金を出さない」
経営判断において梶野氏が貫くのは、徹底した合理性だ。かかる費用に対してどれだけの売上が見込めるのか——その道筋が自分の中で腑に落ちなければ、決してお金は出さない。「何か分かっていないと、出したくない」。勢いや雰囲気で投資に踏み切ることはしない。
一方で、納得できる相手や仕組みには惜しまず投資する。営業を託した相手が講師の仕事や映像関係の案件を次々と結びつけ、しっかりと成果につながった経験は、「お金を出して良かった」と振り返る。誰から話が来るかを見極めることの大切さも、長いキャリアの中で得た確かな実感だ。
音づくりの本質を、次の世代へ
今後3〜5年を見据え、梶野氏が描く展望は二つある。
一つは、教える仕事を広げること。19年にわたり専門学校で講師を務めるなかで、「もっと伝えられることがある」という思いが強まっているという。もう一件、教壇に立つ場を持ちたいと考えている。
もう一つは、音づくりの現場そのものへのこだわりだ。ゲームはもちろん、アニメの音響にも意欲を見せる。氏にとって音づくりは、ジャンルの表層ではなく本質を捉える営みだ。「同じ音でもいい。それを考えると面白い」。描写の意味を読み解き、音一つで場面の色を変える——その探究心は、大病を経てなお少しも衰えていない。
編集後記
取材を通して印象に残ったのは、「作りたい」という言葉に込められた一貫性だった。既存の音を当てるのではなく、自らの手で音を生み出す。その原点は、キャリアのどの局面でもぶれることがない。大病という大きな試練を経てなお、音づくりの面白さを語るときの梶野氏の言葉には熱がこもる。合理的でありながら、根っこにあるのは純粋な探究心。一人で音の世界に挑み続けるその姿は、ものづくりに携わるすべての人の胸に響くはずだ。
