大企業でキャリアを重ねた人ほど、退職後の一歩でつまずく。数字にも人にも強かったはずの元サラリーマンが、なぜ経営の世界では「ひよこ」になってしまうのか。YHA企画合同会社の代表・吉田裕幸氏は、自らも早期退職後に手痛い失敗を経験した一人だ。その痛みを起点に、いま同氏は「サラリーマンでありながら経営者になる」という新しい生き方を提唱し、その伴走支援を事業の核に据えている。副業紹介という実務の現場から、AI時代の働き方まで——一人社長が描く構想を聞いた。
パソコンの保証制度から、副業紹介の世界へ
吉田氏のキャリアは、NECでのパソコンの商品企画から始まる。中でも、パソコンの保証制度の設計は同氏の代表的な仕事だ。「毎年30億円以上の保証サービスになって、20年以上続いている制度を作りました」。その後、レノボのグループ会社へ転職し、活躍を続けた。
転機は55歳での早期退職だった。「60、65まで続けようかとも思ったんです。でも、自分はサラリーマンだけをするために生きてきたのかな、と思って」。会社員として優秀であり続けながらも、その外側にある「起業家の世界」という大海原を見てみたい——その思いが、独立へと背中を押した。
実は退職に先立つ数年前から、同氏は会社に籍を置いたまま個人としての事業を立ち上げていた。それが現在のYHA企画合同会社の原型である。
「お金を取らずに商売する」——保険の窓口モデルの副業版
YHA企画の事業の中心は、副業案件の紹介業だ。着想の原点は、身近なビジネスモデルにあった。「お金を取らずに商売している人って、実はいるんです。保険の窓口のように、相談に来たお客様からはお金を取らない。契約が決まった会社から紹介料をいただく。これを副業でやればいいじゃないか、と」。
同氏が扱う副業案件は多岐にわたる。相談者には無料で案件を紹介し、成約時に提携先から紹介料を受け取る仕組みだ。無料だからこそ、相談者は安心して話を聞いてくれる。「その人の家庭状況や、今後何をしたいかを踏まえて、やっていいこと・やめておいた方がいいことを話します。私はお金をもらってやっているわけではないので、デメリットも全部説明する。それでもよかったらやってみれば、と」。
利益を取らないスタンスが信頼を生み、紹介が紹介を呼ぶ。「『あなたが言うなら話を聞いてみよう』と、口コミだけで回っている感じですね」。SNSでの集客は一切行っていないという。無料案件で信頼を築いた相談者から、法人向けの案件へとつながっていく設計だ。さらに同氏は、本人だけでなく家族単位での副業も提案する。「これからは家族で副業をやる時代だと思うんです」。
5,000万円を失って気づいたこと
事業の背景には、同氏自身の痛烈な原体験がある。会社員としては成功していたはずが、独立前後で大きな金額を失った。「私、本当に情弱だったんです。責任を知らないサラリーマンは、何度でも騙せるなと痛感しました」。
だが、その痛みを同氏は反転させる。「こんなに騙されたサラリーマンはいないから、自分はきっとサラリーマンにとってナンバーワンの『反面教師』になれる、と思ったんです」。詐欺の手口が分かるからこそ、これから独立する人を守る側に回る——その決意が、いまの事業観を形づくっている。
「退職金をもらって起業しても、ほとんどが失敗します。自分のサービスを作っても集客できず、貯金が尽きて、私のところに相談に来る。みんな本当に悲惨なんです」。だからこそ同氏が説くのは、いきなり会社を辞めない起業の順序だ。
サラリーマンのまま、経営者マインドを育てる
同氏が構想するのが「サラリーマン福福福業支援協会」である。柱となる考え方は、会社員を続けながら起業するという同氏自身の実践だ。
「これからAIで仕事はなくなります。契約書だって、以前は1週間かけて作っていたものが20分でできてしまう。でも会社はすぐには社員を切れない。そうなると、週休3日・4日にして給与は下げる、という流れが来るかもしれない」。余った時間を資格取得に費やすのではなく、自分の会社を作って社長業を学ぶことに充てるべきだ、というのが同氏の主張だ。
無料の副業案件で当面の収入と時間の余裕を確保し、その間に経営者マインドを育てる。創業融資や補助金、小規模な事業の承継なども活用しながら、事業を段階的に育てていく。目指すのは、従業員を抱えず業務委託で回す「一人社長」の姿だ。「年収1億円で従業員を雇うと、人間関係も含めて大変じゃないですか。それより、仕組みで利益を自動化する。これがサラリーマン経営者としては最強だと思っています」。
同氏はここに、AIの活用を重ねる。「バックオフィスをAIに任せれば、一人社長でも十分にやっていける時代です」。
「サラリーマン経営者」という新しいマーケットをつくる
同氏の視線は、個人の支援にとどまらない。「サラリーマン経営者という、新しいマーケットそのものを作りたいんです」。会社員としての信用と優秀さを持ちながら、経営者としては駆け出し——そんな人材を成功へ導くために、教える側のパートナーも募っている。
構想では、保険や不動産の専門家、マインドコーチといった多様なプレイヤーが協会と連携する。協会が集客と送客を担い、パートナーは自らのサービスを提供し、成約時に場所代を還元する。「集客のリスクなく、有料の顧客に営業できる。お互いにウィンウィンになる場を作りたい」。
その根底には、同氏自身がメンターを探し求めた経験がある。「起業して失敗したとき、こういうサービスがあったら良かったと思ったんです。でも当時、メンターはいなかった。自分で探しに行くしかなかった」。孤独になりがちな一人社長に、仲間とロールモデルのいる場所を——協会は、その受け皿でもある。
同氏はさらに、パラレルワーカーの市場拡大も見据える。「自分のノウハウを収益化し、複数の会社で週2、3日だけ働く。アメリカでは増えていますが、日本ではまだこれから。ここが動き出すと、面白いと思います」。
今後の展望
現時点では、協会は構想を形にしていく段階にある。システムの構築を進めながら、クラウドファンディングを通じてビジョンに共感する仲間を集めていく計画だ。
中期的な目標として、同氏は協会の会員数をまず300人に置く。そこからさらに規模を広げ、将来的には全国にリアルな拠点を設けていく構想を描く。「今はZoomでのつながりが中心ですが、ネットでもリアルでも会える形にしたい。リアルの拠点を増やしていけたら、すごく面白い」。地域のコミュニティから協会が紹介されるような広がりまで——同氏の視野は社会インフラへと及ぶ。「そんなことができたら、本当に社会の役に立てたな、と思えるはずです」。
会社概要
- 会社名:YHA企画合同会社
- 代表者:吉田裕幸(代表社員)
- 事業内容:個人・法人向け副業案件の紹介業、サラリーマン向け起業・独立支援
- 創業:2020年10月

編集後記
大企業での成功と、独立後の手痛い失敗。その両方を知る人だからこそ語れる言葉に、終始重みがあった。「騙された経験を、人の役に立てる」と語る吉田氏の視線は不思議と前向きで、そこには恨みでなく使命感がにじむ。AIが仕事のかたちを変えていく時代に、会社員という安定を手放さずに経営を学ぶ——その現実的な提案は、いま働き方に迷う多くの人にとって、確かな一つの道標になるのではないか。
