証券会社のトップセールスマンから、食の総合的な評価・教育に人生を懸ける道へ。フードアナリストプロモーション株式会社代表取締役であり、一般社団法人日本フードアナリスト協会理事長も務める横井裕之氏は、「食を文化として総合的に学び、評価し、発信する」という独自の構想を掲げ、資格認定制度と食品の審査認証制度を築き上げてきた。単なるグルメ評論ではない、食への深い眼差しの原点と、その先に見据える未来を伺った。
証券トップセールスから、食の世界へ
横井氏のキャリアは、鳥取県米子市に始まる。米子東高校から立命館大学へ進み、卒業後は日興証券(現SMBC日興証券)に入社。15年間のサラリーマン生活で、近畿四国本部法人課長を務めた。
証券会社時代の横井氏は、半年間に3人しか選ばれない社長表彰を10回以上受けたトップセールスマンだった。証券にとどまらず不動産まで、幅広いビジネス提案を手がける営業スタイルのなかで、ある大手出版社の社長との出会いが転機となる。
「これからはインターネットの時代になり、紙媒体は売れなくなる。だが最後まで残るのは食の分野ではないか」——その社長の言葉と、当時噂されていたミシュランの日本上陸をきっかけに、横井氏は2、3週間かけて一つのレポートをまとめた。それが後の「フードアナリスト構想」である。
「食は命」という思想にたどり着くまで
構想に共感した出版社社長との共同で会社は立ち上がったが、やがて食への向き合い方をめぐって考え方に隔たりが生まれていく。相手はいわゆるグルメ志向で、味の良し悪しに注目する。しかし横井氏が本を読み重ねるなかで至ったのは、まったく別の境地だった。
「命は食なり、命に上下なし、すなわち食に上下なし」。ミネラルを除けば、人が口にするもののほとんどは命である。植物も果物も生きているものだ。だからこそ、値段の高い安いは人間が決めた価値にすぎず、どの命も平等だ——そう横井氏は語る。
単に舌が肥えている、味にうるさいというのではなく、食を文化として総合的に学び、評価し、審査し、解説し、発信していく。その理念のもとに再スタートを切ったのが、フードアナリストプロモーション株式会社であり、一般社団法人日本フードアナリスト協会だった。
二つの柱──資格認定と審査認証
現在の事業は、大きく二つの柱で成り立っている。
一つはフードアナリスト資格制度だ。4級から1級まであり、通信教育・対策講座・検定試験の三つの取得方法を用意している。横井氏自ら執筆した教科書は11冊にのぼり、東京農業大学、日本大学、関東学院大学などのカリキュラムや講座にも取り入れられている。研修セミナーでは、食品表示法の考え方、機能性食品、食品添加物について、「何が良くて何が悪いかを取っ払って、ニュートラルに学ぶ」姿勢を大切にする。岐阜・名古屋へのバスツアーや福島・飯舘村への訪問など、体験型のイベントも柱の一つだ。
もう一つが「ジャパンフードセレクション」という審査認証制度である。食品・飲料に特化した審査認証制度として、グランプリ・金賞・銀賞・銅賞・奨励賞の5つの賞を設け、毎月審査を行う。特徴的なのは、全国に広がるフードアナリストによる推薦制度だ。北海道から沖縄まで各地にいる会員たちが、百貨店のデパ地下や道の駅、インターネット上で日々新しい商品をチェックし、「これは賞を取れそうだ」という商品を推薦してくる。
「フードアナリストは消費者のプロ、情報発信のプロ。向上心があって研修を続け、資格も取っている方々です」。審査会は東京で月に15、16回、大阪でも2、3回開催され、認証を得た商品は年間で500件近くにのぼる。スーパーや百貨店、道の駅で、その認証ロゴを目にした人も多いはずだ。
美味しさは「食べる側の事情」から
横井氏の食への眼差しは、「美味しさ」の捉え方そのものにも表れている。
「味覚自体は、美味しさの中で5%しか占めていないんです」。匂い、歯触り、冷たさ、見た目、ストーリー性、安全性——さまざまな要因が重なって「美味しい」が生まれる。さらに横井氏が強調するのは「食べる側の事情」だ。三日間何も食べていなければおにぎりの方が美味しいかもしれない。体調やお腹の空き具合によって、美味しさは変わってくる。
「食べるものは、学べば学ぶほど美味しくなるんですよ」。誰がどんな思いで、どんな製法で作ったのか。文学作品や映画に登場する食べ物の背景を知る。そうした知識が、食の体験を豊かにしていく。横井氏の団体は、いわば「美味しさの研究所」なのだ。
食の記録を、次の時代へ
今後横井氏が構想するのは、二つの新たな展開だ。一つは、各社から寄せられるサンプル品を詰め合わせやサブスクリプションで届ける物販の仕組み。もう一つは、日々の食を記録する食専門のSNSである。何を食べたかを記録し、食べる側の事情も、食べられるものの事情も、好き嫌いもフラットに織り込みながら、食べるものを公正に評価できる仕組みを目指す。
その実現のためにこそ、横井氏は会員の輪を広げたいと考えている。「今の2万数千人ではなく、10万、20万の方々を。誰でもいいわけではなく、ちゃんと勉強して、食に興味がある方々を育てていける団体になりたい」。
一緒に働く仲間についても、求める人物像は明快だ。「食いしん坊で、食べるのが好きな方」。スタッフになれば資格取得は無料、ツアーやイベントにも参加でき、学びと経験の場が大きく開かれている。企業に対しても、食に絡むことであれば産学提携から商品開発まで、「何でもご一緒できるのではないか」と間口は広い。
会社概要
- 会社名:フードアナリストプロモーション株式会社
- 代表者:横井裕之
- 事業内容:フードアナリスト資格認定制度の運営、および食品・飲料の審査認証制度「ジャパンフードセレクション」の運営
- 創業:2005年
編集後記
トップセールスマンとしての実績を捨て、「食は命」という一つの思想に人生を賭ける——横井氏の語り口には、食を軽んじる風潮への静かな抵抗と、文化としての食への深い敬意が滲んでいた。味の優劣ではなく、命の平等を出発点に据える視点は、飽食の時代にこそ問われるべきものだろう。食べることを学びに変え、その裾野を広げ続ける挑戦は、私たちの食卓の意味そのものを問い直している。
