一般社団法人シンクロプラス代表理事の友野秀樹氏は、「自分の足で漕ぐ車椅子 COGY(コギー)」の普及に人生を懸けている。足が不自由になった人でも、自分の脚力でペダルを漕いで前に進める――そんな“非常識”な一台を、医療・介護の枠を超えて観光の現場へと持ち出し、奄美大島から全国へネットワークを広げようとしている。会社員から転身し、一台の車椅子に可能性を見出した経営者の哲学と挑戦を追った。
会社員から、一台の車椅子との出会いへ
友野氏のキャリアは、パソコン周辺機器メーカーの会社員として始まった。40歳で退職した後は、ベンチャー企業のビジネスサポートに携わる日々を送っていた。
転機は2016年。「自分の足で漕ぐ車椅子 COGY」を世に送り出したメーカーの経営者と出会ったことだった。画期的なプロダクトでありながら、世の中にまだ存在しないタイプの製品であるがゆえに、普及がなかなか進まない。その現実を知った友野氏は、「これは素晴らしいアイテムだ」と協力を決意し、以来この一台に伴走し続けている。
「自分の足で漕ぐ」という非常識
COGYの何が画期的なのか。友野氏はこう説明する。医療・介護の現場では、「足で動けない人は、足以外の手段で移動させる」という発想が常識になっている。押す車椅子、手で漕ぐ車椅子、電動車椅子――選択肢はこの三つだ。
「自分の足で漕ぐというのは、その常識の外にあるんです。だから、本当に必要としている人がいても、選択肢に上らない。結果として、ユーザーに情報が届かない」
テレビ番組で紹介されるたびにメーカーへの問い合わせが殺到する一方で、日常的にこの車椅子を知る人はまだ少ない。忙しい医療・介護の現場では、手間がかかりそうな新しいものにはなかなか踏み出しにくいという事情もある。
「介護施設では、けがなく早く移動させるには運んでしまった方が早い、となりがちです。でもCOGYに乗れば、その人が自分で漕ぐ。それは本人のやる気にもリハビリにもつながるんです」
奄美大島から、観光という突破口
友野氏が選んだのは、医療・介護の現場を正面から説得することではなく、あえて“外”に活路を求める道だった。7年前、一般社団法人を立ち上げ、生まれ故郷である奄美大島に拠点を移す。奄美が世界自然遺産に登録され、観光に力を入れていく流れを見据えての決断だった。
狙いは、多くの人の目に触れる場所でCOGYを走らせること。三世代・四世代の家族旅行で、足の不自由な祖父母が「みんなに迷惑をかけるから」と諦めてしまう――そんな場面を変えたいと考えた。
奄美では、すでに数々の“事例”が生まれている。大阪から訪れた、脳梗塞で片まひのあるご主人とパーキンソン病の奥様のご夫婦。介助者に連れられて来島した二人が、COGYに乗って心から楽しむ姿があった。長年自分で立って歩けなかった高齢のご婦人が、お孫さんと同じ車椅子に並んで漕ぐ光景も生まれた。脳性まひで生まれて初めて自分の足で漕ぐ体験をした人もいる。
「今まで絶対に無理だと思われていたことが、実際にはできる。そのビフォーアフターをリアルに見せない限り、新しい常識は広がらないんです」
普及パートナーと行政を動かす
友野氏は自社で販売するのではなく、全国に「普及パートナー」を育てる道を選んでいる。現在のパートナーは全国に広がりつつあり、まずは100の拠点をつくることを目標に掲げる。
「情報はインターネットでどこでも取れる。でも、いざ試したいとなったとき、最低でも県内に二つは体験できる場所がないと距離がありすぎる」
手法の中心はリファラルマーケティング(紹介営業)だ。定年後も社会の役に立ちたい、ボランティアではなくソーシャルビジネスに関わりたい――そんな思いを持つ人たちにリーチしていく。「すぐに収入を求める人には難しい。ある程度のベースがあって、まだ元気で人の役に立ちたいという人と組んでいきたい」
利用者の広がりは、クローズドなFacebookグループで“見える化”してきた。今後はXなどのSNSを使い、これまで知らなかった層へ情報を届ける発信を強めていく方針だ。
行政への働きかけも進む。高齢化で支える側と支えられる側のバランスが崩れていく中、高齢者福祉は自治体共通の課題だ。友野氏は複数の市議会議員にオンラインで提案し、いくつかの議会でCOGYを高齢者課題の解決策として取り上げてもらってきた。「本来は地元の人がやること。だからこそ、同じように動ける人を全国に増やしていかないといけない」
これからの展望
3年後の目標は明確だ。全国100の普及パートナーをつくり、誰もが近くで“正しく乗って試せる”環境を整えること。友野氏が見据えるのは、寝たきりの予防であり、自分で自立できる人を増やすことである。
ターゲットも定まってきた。医療・介護の現場だけでなく、観光や外出支援の担い手たちだ。高齢者の買い物や公園への付き添いといった外出支援の場面でCOGYが使われるようになれば、情報は一気に広まると友野氏は読む。
「バリアフリーからユニバーサルへ。障害のある方も一緒に楽しめる空間づくりが意識される時代です。COGYは、持続可能な社会をつくるためのツールなんです」
種はすでに十分にまかれた。あとは、それをどう広げていくか。そこにこそ、この挑戦の核心がある。
会社概要
- 会社名:一般社団法人シンクロプラス
- 代表者:友野 秀樹(代表理事)
- 活動拠点:奄美大島
- 事業内容:自分の足で漕ぐ車椅子「COGY(コギー)」の普及活動、普及パートナーの募集・育成、観光・外出支援分野での活用モデルづくり
編集後記
取材を通して印象に残ったのは、「常識を変える」という言葉の重みだった。友野氏の挑戦は、一台の車椅子を売ることではなく、「足が動かないなら運べばいい」という長年の前提そのものを問い直すことにある。医療・介護の正攻法ではなく、観光という“外の世界”から光を当てる発想は、社会課題に向き合う経営者ならではの柔軟さだと感じた。高齢化が進むこの国で、「自分の足で漕ぐ」ことがもたらす自立と尊厳の価値は、これからさらに重みを増していくだろう。
