株式会社12薬局は、動物病院向けに特化した処方薬の調剤・配送サービスを展開する、国内初の動物専門薬局だ。代表の石原玄基氏は農学博士としての研究経験と、ペット保険大手での事業開発・病院運営の実績を経て、この事業を引き継いだ。「ペットのためだけでなく、飼い主にとっても、動物病院のスタッフにとっても良くならないと、誰もハッピーにならない」——その言葉を軸に、業界の当たり前を塗り替えようとしている。
農学博士からペット医療の現場へ
石原氏は大学で農学博士の学位を取得した後、ペット保険大手のアニコムホールディングスに入社した。そこでは新規事業開発に携わり、ペット向け検査事業の立ち上げや研究開発、さらには動物病院の事業承継・運営といった現場実務まで幅広く担った。
その後、医療機器系コンサルティング会社やペットフード開発の事業を経験し、薬局事業を手がける会社からのスピンアウトという形で現在の株式会社12薬局の経営を引き継いだ。「数字で12と書く社名で、役所でも困惑されることがある」と笑う石原氏だが、その個性的な名前の裏には、ペット医療の空白を埋めるという明確な意志がある。
「人の薬」を動物に使う現場の三重苦
動物病院では、犬・猫だけでなく鳥・ウサギ・フェレットなど多様な動物を診察するため、「あまり使わないが在庫しなければならない薬」が大量に発生し、不良在庫が常態化している。
さらに深刻な問題がある。動物の診療で実際に使われる薬のうち、約7割が人間用の医薬品だ。人用の薬は体重50〜60kgの人間に合わせて設計されているため、体重がはるかに軽いペットへの投与には、錠剤を粉砕したり割ったりする加工が必須になる。「この調剤作業がスタッフに大きな業務負荷をかけている。そして飼い主さんは、病気のペットを抱えながら動物病院で平均1時間も待たなければならない」と石原氏は語る。
動物病院の不良在庫・スタッフの調剤負担・飼い主の長い待ち時間——この三重苦を解消する手段として石原氏が着目したのが、人の医療では当たり前の存在である「薬局」を動物医療にも持ち込むことだった。
日本初・自社システムで実現する業務効率化
現在、同様のサービスを手がける企業は国内にほぼ存在しない。「日本初のビジネスモデルで、フォロワーが少し出始めているが、ほぼ唯一の存在」と石原氏は言い切る。
差別化の核心は、自社開発した処方箋管理システムにある。「動物病院が薬の調剤を外部に依頼したくても、依頼の手間が煩雑では、薬を作る手間が書類を書く手間に変わるだけ。それでは意味がない」。同社はUXを徹底的に磨き込んだシステムを独自開発し、動物病院の業務効率化に直結するサービスを提供している。
配送サービスと並行して、動物病院の目の前に構える「門前薬局」の展開も始めた。飼い主が帰り際に薬を受け取れるこのモデルは、人の医療では一般的だが、動物医療への導入は先進的な取り組みだ。オンライン処方箋サービスは日本全国で対応しており、手が届きにくい地方エリアでは既存の一般薬局と業務提携を結び、同社のノウハウを共有しながらサービス網を広げている。
専門人材の教育が最大の壁
経営上の最大の課題として石原氏が挙げるのは「教育」だ。薬局である以上、薬剤師の専門性は不可欠だが、人の薬局しか経験していない薬剤師が動物向けの調剤を行うには高いハードルがある。「バックボーンの異なる人材に新しい領域の専門知識を身につけてもらうのは、まだまだ解決の余地がある課題」と率直に語る。
「品質」と「飼い主目線」。ゆずれない2つの軸
石原氏が経営の根幹に据えるのは「品質の担保」と「飼い主目線」の二軸だ。「ペット向けサービスでも、ペットのためだけを考えていては不十分。飼い主さんにとっても良くならないと、誰もハッピーにならない」。医療品質と顧客体験の両立を、日々の判断軸としている。
採用においては「主体性」を最も重視する。「日本初のことをやっているから、正解も前例もない。動物病院や飼い主、ペットにとって本当に良いことは何かを自ら考え、ディスカッションしながら形のないものを作っていける人と働きたい」と石原氏は語る。
5年後、動物医療のインフラへ
同社が描く最終ゴールは、動物専門薬局が日本のペット医療に欠かせないインフラとして定着することだ。3年以内に店舗数を着実に拡大し動物病院との密着度を高め、5年後にはそのインフラ化を実現する——という具体的な道筋を持つ。
全国展開に向けては、地方の一般薬局との業務提携スキームも積極的に推進中だ。「薬は誰もが早く手に入れたいもの。スピードを上げるためにも、多くの薬局の皆さんと手を取りながらサービスを広げていきたい」と石原氏は意気込む。
会社概要
- 会社名:株式会社12薬局
- 代表者:石原玄基
- 所在地:東京都世田谷区南烏山6-33-36(関東本局)、大阪府大阪市北区菅原町2-14(関西支局)、埼玉県川口市源左衛門新田6-4(どうぶつの総合病院前店)、京都府京都市西京区御陵塚ノ越町20-9(京都医療センター前店)
- TEL:03-5314-1720(代表)
- 事業内容:動物用調剤薬局の運営、動物医療関連サービスの提供
- URL:https://12pharmacy.co.jp/
編集後記
「ペットも、飼い主も、動物病院も」という言葉が取材を通じて繰り返された。動物医療という専門領域でありながら、石原氏の視点は常に多面的だ。農学博士としての研究者的思考と事業開発で磨いたビジネス感覚が融合し、誰も踏み込んでいなかった市場に静かに道を切り拓いている。「まだまだこれから」という言葉に、驕りのない誠実さを感じた。
