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「杖」ではなく「素敵なステッキ」——デザインの力で、自分の足で歩ける毎日を支える

インテリア業界で17年間、商品開発に打ち込んできた人物が、60歳を前に全く未知の介護福祉の世界へ足を踏み入れた。フジホーム株式会社・代表取締役社長の岡野健氏である。同社が手がけるのは、一般に「杖」と呼ばれる歩行用ステッキ。だが岡野氏はその言葉を使わない。使う人が心から持ちたくなる「素敵なステッキ」を——。デザインへのこだわりと、「自分の足で歩き続ける」ことへの想いを軸に、業界のあり方そのものを問い直してきた経営者の歩みを追った。

目次

インテリアから介護福祉へ——異業種からの挑戦

岡野氏のキャリアは、長らくインテリア業界にあった。カーテンレールを手がけるメーカーで営業を経験し、その後は17年間にわたって商品開発に携わってきた。日本の住まいの窓辺を支える製品づくりに、深く関わってきた人物である。

転機は13年ほど前。出向という形で、介護福祉用品を扱うフジホームへと移ることになった。自ら望んだ道ではなく、当時所属していた会社からの要請がきっかけだったという。長年慣れ親しんだインテリアの世界から、勝手のわからない業界への異動である。

だが岡野氏は、この新しいフィールドに大きな可能性を見出していく。「インテリア業界は、住宅の着工数が伸びなければ売上も伸びない。ある意味でやり尽くされている部分がある」。一方で、高齢者が増え続ける介護福祉の領域は、まだまだできることが残されている。就任後の1年を経て、岡野氏はこの業界を「非常にやりがいのある業界だ」と語るようになった。

「杖」ではなく「素敵なステッキ」——デザインへのこだわり

フジホームの売上の大半を占めるのが、歩行用のステッキだ。かつては幅広いジャンルの福祉用品を扱っていたが、2011年にインテリア関連の商品を手放し、事業を絞り込んできた。

岡野氏がこの分野に足を踏み入れて痛感したのは、「利用者が本当に使いたくなる商品が、この業界にはあまりに少ない」ということだった。だからこそ同社は、デザイン開発を自社で行うことにこだわる。外部のデザイナーとも積極的に協働し、その企画力で他社との差別化を図っている。

こだわりは細部に宿る。「一番は、人の手が触れるグリップです。ここに違和感があると、使いづらくなってしまう。グリップは命だと思っています」。地面に接する先ゴムにもオリジナリティを持たせ、シャフト部分のデザインにも工夫を凝らす。障害を持つ子どものデザインを製品に取り入れ、支援につなげる取り組みも進めてきた。こうした積み重ねの結果、同社のステッキは国内でトップシェアを誇るまでになったという(自社調べ)。

なお、同社の商品はそのほとんどがB2Bで流通する。大手量販店やホームセンター、ドラッグストア、EC・カタログ通販といった流通チャンネルが売上の約6割、介護ショップや介護保険を使ったレンタル業者などの介護チャンネルが約4割を占める。いずれも代理店を通じて、全国の販売の現場へと届けられている。

わからないことだらけの、最初の1年

異業種からの参入は、決して平坦な道のりではなかった。「会議の場でも、専門用語が飛び交って何を言っているのかわからない。自社商品の名前を聞いても理解できない。最初の1年は本当に苦労しました」と岡野氏は振り返る。

インテリアの世界で積み上げてきた知識や人脈が、そのまま通用するわけではない。それでも岡野氏は、未知の領域に飛び込んだからこそ見える景色があると考えた。やり尽くされた業界にはない「これからできること」の多さこそが、岡野氏を突き動かす原動力になっていった。

働く時間の3分の1を、楽しく

社内に目を向けると、フジホームには独特の働き方の文化が根づいている。就業時間は朝9時から夕方17時半まで。コロナ禍以前から在宅勤務を導入し、早出・遅出といった柔軟な勤務も取り入れてきた。そして特筆すべきは、社長自身を含めて残業がゼロだということだ。

その背景にあるのは、岡野氏の一貫した哲学である。「働く時間は1日の3分の1、約8時間もある。この時間をどれだけワクワク楽しくできるか。ここを楽しくしなければ、自分の人生の3分の1を損することになる」。就業時間の中でいかに成果を出すか——その問いを、岡野氏は日頃から社員と共有してきた。

こうした環境は、採用にも好影響を与えている。近年は営業や業務企画の職種で若い世代の応募が集まり、20代から40代まで、女性を含む新しいメンバーが加わった。かつては高齢層の応募が中心だったが、人材募集の専門会社を活用することで、組織に若さと多様性が生まれつつある。一方で、定年を迎える社員も出てくる中、次の世代へどう事業を引き継いでいくかが、これからの課題だと岡野氏は語る。

自分の足で歩き続けるために——これからの展望

高齢者人口は今なお増加を続けているが、2040年にはピークを迎え、その後は減少に転じるとされる。この変化を見据え、岡野氏はステッキに次ぐ柱の育成を進めている。

キーワードは「自立歩行」。自分の足でいつまでも歩き続けられること、それを支える商品なら何でも手がけていく——そう方針を定めた。タイヤの付いたカート類、立ち座りを補助する製品など、歩くことにまつわる商品群を広げていく構想だ。

さらに岡野氏が今年の立ち上げを目指すのが、ヘルスケア領域への展開である。介護を受ける前の段階で身体機能が低下していく「フレイル」、さらにその手前の世代にまで視野を広げる。筋力の衰えは40代から始まるといわれる。そこで理学療法士と連携し、ステッキを使った健康体操を提案しようとしている。

その体操には、同社ならではの発想が込められている。テーブルや椅子のように固定されたものにつかまって運動しても、体への効果は限られる。そこで着目したのが、両手で持てる、あえて不安定に動くステッキだ。「グラグラ動くステッキにつかまりながらスクワットや足踏みをすると、それを安定させようとすることで体幹が養われるんです」。さらに岡野氏が目指すのは、正しい姿勢を無意識のうちに脳へ覚えさせること。デスクワークで座りきりの現代人や、健康経営に取り組む企業にとっても、示唆に富む提案となりそうだ。

編集後記

「杖」という言葉をあえて使わず、「素敵なステッキ」と呼ぶ。その一言に、岡野氏がこの13年で貫いてきた姿勢が凝縮されているように感じた。使う人の尊厳と気持ちに寄り添い、デザインの力で介護福祉の風景を変えていく。そして、働く時間も人生の一部として楽しもうとする眼差し。高齢化という大きな社会課題に対し、フジホームは「自分の足で歩き続ける喜び」という前向きな価値を届け続けている。その歩みは、これからも多くの人の日常を静かに支えていくだろう。

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