株式会社ヨイショは、北海道・札幌での独立を経て、現在は福岡を拠点にラーメン店を展開する企業だ。代表取締役の中村吏希氏が掲げるのは「若者がチャレンジできる場をつくる」という一貫した思い。マニュアルで縛らず、店ごとの個性を尊重する経営スタイルの背景には、修行時代に得た「何事も楽しめる人間が最強」という確信がある。ラーメンにとどまらず福祉・農園へと広がる、その挑戦の輪を追った。
ラーメンとの出会い、そして起業へ
中村氏は京都の出身。高校を卒業後は建築会社で働いていたが、ある講演会でラーメン店を営む経営者と出会ったことが転機になった。
「もともとラーメンに興味があったわけではないんです。でも、起業できるものって何かなと考えたときに、ラーメンで起業したいという思いを持つようになりました」
その後、修行を経て20歳で本格的に飛び込み、21歳で北海道・札幌にて独立。3年ほど札幌で店舗を経営した後、拠点を福岡へと移した。福岡での活動は4年目に入り、会社は現在7期目を迎えている。
「統一しない」という強み
ヨイショが展開するのはラーメン店。直営店とフランチャイズ店を合わせて事業を広げているが、その経営哲学は一般的なチェーン展開とは一線を画す。
「各店舗に特色があって、味も人も店舗ごとに全然違う。同じラーメン屋なのに違う部分がある。これをなくしていくのがチェーン化だと思うんですけど、僕はチェーン化したくなかった」
店主それぞれが、作りたいラーメンや理想の接客を思う存分に表現する。良くも悪くも統一されていない——その個性こそが、刺さる人には深く刺さる魅力だと中村氏は考える。
もちろん、お客様に提供する以上、味のベースは大切にする。しかし、それだけでは足りないという。
「上振れするときって、マニュアル通りにやったから出せるかというと、また違う。その時その時の一番いい状態でお客さんに出す。それを心がけるように伝えています」
苦労を「経験値」に変える思考
代表として歩む中で、大変だったことは特にないと中村氏は言い切る。トラブルはもちろんあるが、そのすべてが勉強であり、楽しみながら乗り越えてきたという。
強いて挙げるなら、25歳のときに挑んだ海外進出だ。約2年間取り組み、相応の資金も投じたが、撤退という結果に終わった。それでも中村氏にとっては貴重な糧である。
「全部、経験値として変わっているので。あまり時間的に引きずることは少ないかもしれないですね」
この姿勢の原点は、金銭的にも肉体的にも過酷だった修行時代にある。
「同じレジ打ちのアルバイトでも、ただ時間を過ごすためにやるのか、どれだけ素早く丁寧にできるかとゲーム感覚で楽しむのか。どんな状況でも楽しめる人が、仕事でも活躍している。何事も楽しめる人間が最強だなと」
ワクワクにフルベットする
経営の軸として中村氏が大切にしているのは、「他責にしない」という姿勢だ。
「何が起きても自分の責任だと捉える。そこが経営者としての第一歩目だと思っています」
もう一つの理念が「ワクワクにフルベットする」こと。自分の時間もお金も、ワクワクすることにリソースを一気に投下する。たとえ準備が整っていなくても、まずやってみて軌道修正を重ねていく——その繰り返しだと語る。
社内のコミュニケーションでも、伝え方には細心の注意を払う。全員の前でLINEの長文で叱るようなことはせず、伝えたいメッセージがあるときは電話をする。褒めるときは、あえてみんなの前で褒める。根底にあるのは、やはり「楽しむこと」だ。
お客様は「対等な仲間」
現場に立つ機会は減ったものの、中村氏が接客で大切にしてきたのは、お客様を「お客様」という立場で捉えないことだった。
「あくまでも対等だし、なんなら友達になりたいと思いながら接客していました」
その姿勢は思わぬ形で実を結んでいる。かつて店の常連だったお客様が、わざわざ福岡まで移り住み、今では従業員として働いてくれているケースもあるという。
「そうやって僕に魅力を感じて働いてくれたということは、その時の接客は良かったのかなと。後で答え合わせをするような感覚ですね」
だからこそ、求人にお金をかけたくないと中村氏は言う。来店するお客様こそ、最も身近な仲間の候補。営業しながらリクルートすれば、求人費はかからない——その発想も、人との関係を大切にする哲学の延長線上にある。
一緒に働きたいのは、飲食経験の有無ではなく、人柄で選びたい人物だ。
「人間的にいいやつ、おもろいやつと働きたい。能力や経験を言われても、あまり響かない。絶対に人柄を選ぶ気がします」
年商10億、そして福祉への挑戦
今後の目標として、中村氏は3年以内の年商10億円を掲げる。
「分かりやすい数字だから、という理由もあります。でも売上や利益は『ありがとうの数』でもある。お客さんが来てお金を落としてくれて、その上で残るのが利益。お客さんに来てもらわないことには、事業も成り立たない。どうすればいい形でできるかを考えています」
組織としての課題は、20代前半の若いメンバーが多いこと。内側の盛り上がりは十分にある一方で、社会性やコミュニケーションを先輩世代が少しずつ教えていく段階にあるという。
そして中村氏が次に見据えるのは、ラーメンとは異なる福祉の領域だ。
「うちの会社はチャレンジする人を応援する会社。体やメンタルに困難を抱える人も、頑張って自立して働いてみたいと思っている。その前段階として就労支援のような仕事がある。そこを活用して、チャレンジの場を広げていきたい」
編集後記
「楽しむこと」を軸に、若者に店を託し、お客様を仲間に変えていく。中村氏の経営は、効率や統一とは異なる価値観の上に立っている。海外撤退さえ「経験値」と言い切る軽やかさの奥には、すべてを自分の責任として引き受ける覚悟があった。ラーメンから福祉、農園へ——挑戦の舞台を広げ続けるその姿は、夢を探す若い世代にとって確かな道標になるだろう。
